シンセイ魔法少女スケアリーバンデッド

久遠寺あすか

新星編

ガールミーツガール

第1話:ガールミーツガール

 普通の日常という言葉は、同じ意味を持つのに違和感のない変な言葉である。

 それはわたし、猪花菜ノ花いのはななのかのためにあるような言葉であった。

 さて。わたしは早鐘はやがねを打つ心臓を落ち着けて、再び目の前に広がる光景を目にした。目に入れて、目の当たりにして、徹底的にあますことなく視界に入れた。それは普通の日常とは程遠い、異常な非日常。うん、これは違和感がある変な言葉だ。


 わたしの目の前には、死体があった。

 死体というだけでも異常なのに、わたしは女子中学生であった。

 女子中学生の前に死体。これ以上ないほどに非日常の始まりであろう。

 死体は一撃で、完膚かんぷなきまでに破壊されていた。人間の全てが詰まった頭蓋骨は、見事なまでにひしゃげ、潰れ、かつて人間を形作った中身が、ぽたりぽたりと雨音のように垂れていた。

 それは人間の身では到底仕上げることのできない芸術品にすら見える。

 死因、頭部の打撃。しかも頭蓋骨がゆがむほどを一撃で。

 一撃。そう一撃なのだ。

 人を殺すのには、思った以上に体力がいる。

 例えば、ナイフを刺す、鈍器で殴る、縄をめる。どれもスポーツと比較すると、わたしのような女子中学生でも平気で行える単純な動作。動作確認をするように簡易的で、準備運動をするように機械的だ。

 しかし、ここで重要なのは動作ではない。人間の身体はもろいようで、思いのほか頑丈だ。確実に息の音を止めるには、その定型作業を反復しなくてはならない。

 それこそ徹頭徹尾てっとうてつび容赦ようしゃなく、隅から隅まで。その運動を、純然たる暴力を人に向けなくてはならない。気疲れという言葉があるように、その精神的疲労は気疲れなんて、生易しいものではない。

 以上「ためになる推理小説の読み方より」引用して。

 最近読んだわたしの本棚レパートリーから抜粋ばっすい」したものだ。

 推理小説を読みたいという願望を、まず形から入るのがいかにもわたしらしい。

 ちなみに、推理小説の名作「そして、誰もいなくなった」は、買ってから本棚に綺麗に格納されている。アガサ……なんとかという作者の名前は可愛かったが、登場人物の多さと、カタカナ名前の複雑さでリタイアした。


 と、現実逃避はそこまでにして、話を戻すとしよう。

 今のわたしの前には死体が一つ。

 一撃でほうむられ、頭蓋骨の歪んだ人間だったもの。

 先程の話の通り、人を殺すには、文字通り、人一人分の体力がいるのだ。

 いるはずなのだ。

 しかし、目の前の死体は異常だ。人間の力ではない、異常な何かによって殺されたのだ。これはもはや殺人ではない。人を人として見ていない。圧倒的なまでの暴力。清々しいほどの蹂躙じゅうりん

「…………」

 黙って、わたしは死体のかたわらにいる人物に目を向ける。

 それは、この現場を作り出した、一人の少女。

 圧倒的な暴力という名の、暴力的な圧力を、自らの手で振るった少女だ。

 亜久寺晴子あくじはるこ

 彼女は悪事を晴らすために生まれてきたような名前だった。


「おい、そこの変な恰好をしている、お前だよ」

 遡ること、数時間前。午前十一時。

 わたしと、亜久寺晴子の出会いは、劇的でも悲劇的でも喜劇的でもない。

 普通に歩いていたら、声をかけられた。それだけ。

 ただ思い返すと、運命的で必然のようだった気がする。

「なんですか?」

「ちょっと聞きたいことがあってな」

 彼女は黒い髪を後ろに結び、これまた黒い瞳を携えた凛々しい顔立ちをしていた。

 男性っぽいわけではないが、とりわけ美形で清々しさを感じさせる雰囲気から、率直にかっこいいという感想が浮かんでしまう。服装はワイシャツにミニスカート。アウターに竜と桜の刺繍ししゅうが施されたスカジャンを羽織はおっている。その容姿から、やんちゃな不良少女という印象がぬぐえないが、彼女の噂、バックボーンを聞けば、更に納得することだろう。

 平凡なわたしに届くほど、亜久寺晴子という存在は非凡だった。わたしたちが住む横須賀よこすかでは知らない人はいないほど、超が付くほどの非行少女。現代では死語に近い、もう存在しないはずの言葉で分かりやすく説明すると、スケバンなのである。

 男勝りな口調で、亜久寺さんは鋭い視線をわたしに向ける。

 思わず、その鋭さに萎縮いしゅくするも、わたしはやましいことは何一つないと、少し胸を張って彼女に向かった。

「人を探しているんだ。このご時世に足で人探しなんて、って思うだろうが、まあ聞いてくれ。名前は我利矢減太がりやげんた。小学三年生の小さな坊ちゃんだ。身長はそれ相応で、特徴という特徴はない。強いてあげれば、おかっぱ頭で、四月にしては珍しく半袖半ズボンを着ていることだな。見覚えあるか?」

 わたしは一日、そしてここ最近の記憶を遡る。

しかし、該当する少年はいない。

「悪いけど、見たことないな。教えられそうなことは無いよ」

 亜久寺さんはがっかりしたように、肩を落とす。

 その後、顔を上げて、まじまじとわたしを観察する。初対面の眼光の鋭さはないものの、やはりどこか見定められているようでいい気持ちはしない。

「そんなにじろじろ見られると、怖いよ」

「……すまねえ。目つきが鋭いのは生まれつきなんだ。それに人を見極める癖みたいなのがあってな。ほら、百聞は一見に如かずっていうだろ」

「それでもじろじろ見るのはいけないと思うけどな。品定めされているみたいで」

「確かに。すまなかった」

 思いのほか、物分かりが良くていい子だ。

「それにしても、あんた肝が据わっているな。あたしが話しかけると逃げる奴が多いんだけど。あんたは違うね、うん。少し気に入ったよ」

「はあ」

「だけどお前、良い奴だよな。うん、わかる。あたしの目に狂いは無いからな。なんかオーラというか、身の回りの人間全てを優しくする雰囲気って感じで。周りをきょろきょろと見渡して、挙動不審だと思ったけど、杞憂きゆうだったみたいだな」

 そんなにわたしは挙動不審だったか。

 確かに探し物をしていたから、周りを見渡していたのは事実だけど。

 それに不良学生を目の前にすれば、誰も彼も、善良な市民ならなおさら動揺するだろう。相手が町で名前を知らないレベルになれば、なおのこと。

「あの、その、減太くんに何かあったの?」

「ああ、まあちょっと」と、少し悩んだ後、亜久寺は「少し前から行方不明なんだ」と続けた。行方不明。失踪しっそう。家出。理由はいくつも考えられたが、困っているのは確かなようだった。

「家族……ではないんだよね」苗字が違うことから、事情はほんの少ししか察せられないが、「友人や親戚なの?」とわたしは聞いた。

「いや、ただの人助けだよ。知り合いの知り合いに、困っている人がいたから。理由としては、そんな程度。誰かを助けるのに理由はいらないかもしれないが、アタシにとっては人助けが理由みたいなもんだからな」

「へえ。亜久寺さんが」

「——なんで、アタシの名前、知ってんだよ」

 彼女はにらみをかせた後、すぐに頭をいて「悪い癖だな」とだけつぶやいた。

「色々噂されていたからか。すまねえな……わたしは苗字で呼ばれるのは嫌いだから。気軽に晴子って呼んでくれ」

「晴子……は無理だから、晴子ちゃんで」

 晴子ちゃんは気恥ずかしそうに、目を背けた。

 おそらく、ちゃん付けに慣れていないと見える。

 ちょっと女の子らしくて可愛い。

 亜久寺晴子。聞いていた噂とは、いささか、というより大分違う。やはり噂というものは千変万化せんぺんばんかで、良くも悪くも大衆を魅了するようだ。それに、噂に聞く彼女の姿から、あの落ち込みようは考えられなかった。悪い噂が絶えない彼女だけど、ほんの少しの間で、分かったことが一つある。

 彼女はきっと、人のことを自分のことのように共感してしまうのだろう。

 純粋で、当たり前で、人の痛みが分かる、今の時代には珍しい美徳を持った子だ。

「それで、猪花菜ノ花いのはななのかだよな。中二? だとしたらタメじゃん」

「なんで名前、それに学年まで……」

「それは有名、……ってのは冗談で」

 晴子ちゃんはわたしの荷物を指さす。学生鞄についた学生証。そこにはご丁寧に、学校名と学年、ご丁寧に所属するクラスまで書かれた上で、猪花菜ノ花と記されていた。この情報化社会で顔つきの学生証を目に見える部分に携帯するなんて、時代遅れの校則もあったものだ。守っている生徒はほぼいない上、先生も黙認している。

 ただわたしは赤信号を渡らないような感覚で、なんとなく守っているんだ。

「わたしにも手伝わせてよ。こう見えて、人助けなら負けない自信があるよ」

「なんだよ、猪花も変わった趣味してるな。知り合いの知り合いの、そのまた知り合いの人助けなんて」

「晴子ちゃんだって、知り合いの知り合いは他人だよ。なにも変わらないって。——そうそう、わたしのことも名前で呼んでよ。苗字で呼ばれるの、好きじゃないし」

 だって、猪花なんて苗字、可愛くないじゃない。

「……そうか、それじゃあ、菜ノ花でいいか」


 わたしと晴子ちゃんは、こうして出会った。

 人助けが趣味という奇妙な親近感から付き合い始めたが、それが激動の一日の始まり。

 とんとん拍子に知り合い、時間を共有して、様々な場所で失踪事件の調査をした。

そして最後には、死体が出来あがる。

 今、この普通の日常を生きているわたしはまだ知らない。

 ただ呑気に、新しい友人ができるかもと、無邪気に笑顔を浮かべて。

 わたしたちは人助けのために、手を取り合った。

「なあ、菜ノ花。ツッコんでいいか迷ったが、やっぱ聞くぞ」

「なに、晴子ちゃん?」

 彼女は息を整えて、言った。

「……その変な恰好かっこう、なんだよ」

 亜久寺晴子は、ごく当たり前の疑問を口にした。

 目の前の魔法少女の姿をした猪花菜ノ花に向かって、そう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る