第5話— 痛みの響き
放課後の静まり返った自室で、夢原ひかりは机の前に座っていた。
ノートを広げ、最近の事件の新聞記事、ネットの掲示板、ブログ、そして学校で起こった小さなトラブルを照合している。
「……どうして、こんなことが……」
手が微かに震える。
視線は止まらず、ページの文字がにじむ。
最近の被害者はすべて、危険な加害者だった。
放課後の路地、学校のトイレ、休み時間の廊下――
ひかりは、それぞれの場面を思い返す。
手の震えと胸のざわつきは、昨日の夜と同じリズムで訪れる。
「……私が、関わってる?」
問いかける声は、鏡に映る自分に向けられる。
しかし鏡には、かすかにりんの影が揺れているだけだった。
ある夜、庭で目を覚ますと、手は湿った土で汚れていた。
周囲は闇に包まれ、静かだ。
足元には、昨日の痕跡が点々と残っている。
りんが背後に現れる。
「あなたが始めたことを、ただ続けているだけ」
低く囁く声。
ひかりの心は、恐怖と罪悪感で引き裂かれる。
「……でも、私、本当にやったの?」
声にならない問いかけ。
りんは微笑む――しかしその微笑みは冷たく、無慈悲だった。
夜ごとに、夢は鮮明になる。
りんが暗い街を見下ろす。
りんが加害者を追う。
りんが判断し、裁き、罰する。
ひかりは目覚めたとき、自分がその場にいたような錯覚に囚われる。
学校では、黒金あゆみの嫌がらせが続くが、ひかりの内面には変化が生まれていた。
冷たい震えが胸を駆け抜ける――眠る捕食者が覚醒するかのように。
その夜、ひかりは庭に出て深く息をつく。
月明かりに照らされる手は、泥と土で汚れている。
「……私は、もう止められないの?」
恐怖と責任感が混ざり合う。
翌日、学校で財布の消失事件が報告される。
匿名で送られた映像により犯人は捕まる。
しかしひかりは、震える手を見つめるだけだった。
自分は何も記録していないのに、スマホには新しいファイルが残っていた。
そのファイルには、自分の名前がついている。
「……私の意思じゃない……」
呟く声は、影の中でかき消される。
りんは静かに微笑み、しかし何も言わない。
それだけで、全てが決まる。
放課後、教室ではあゆみの嫌がらせが続く。
だが、ひかりの心には変化があった。
以前の恐怖は薄れ、代わりに冷静な観察者としての意識が芽生える。
影が、私を守るのではなく、私自身が影と一体になりつつある――そんな感覚。
青井と白崎美香は遠くからひかりを見守る。
二人とも、ひかりの変化に気づいているが、まだ何が起きているのか理解できない。
黒川は、事件のパターンを冷静に分析していた。
被害者の共通点、目撃者の証言、そして消失事件。
すべてがひかりの周囲に集中している。
しかし、証拠はまだ決定的ではない。
「影……いや、何か別の力が介入している」
黒川は眉をひそめ、静かにノートに書き留める。
「ひかり……彼女自身が、その中心にいる」
夜、ひかりは鏡の前に立つ。
鏡には、りんの影がわずかに揺れる。
「今日も、守った……でも、私は?」
問いかける声は、虚空に消える。
影は静かに微笑むだけで、何も答えない。
心の奥底で、ひかりは理解する。
――自分の中で、影は確実に成長し、制御不能になりつつある。
そして、誰もそれを止められないことを。
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