第3話— 探偵の影

朝の光が教室に差し込む頃、学校の廊下に静かな緊張が漂っていた。

普段と変わらないはずの教室に、何か違和感があった。

夢原ひかりはそれを感じ取り、心の奥で微かに身構える。

その時、廊下の端から黒いスーツ姿の男性が現れた。

背筋がまっすぐで、顔は整っているが、瞳に冷たい光が宿る。

探偵――黒川(くろがわ)だった。

誰もが、彼の存在を無視できない空気を感じる。


黒川は静かに教室を見渡す。

生徒たちは、自然と視線を逸らす。

ひかりは、胸の奥で微かな恐怖を覚えた。

しかし、昨日の夜の出来事が心のどこかで警戒心を消していた。

「目が疲れているようだね。ちゃんと眠れている?」

黒川は、ひかりの前に立ち、静かに尋ねる。

ひかりは喉を鳴らす。

「え、ええ……」

声は小さく、震えていた。

黒川は微笑む――しかし、瞳は笑っていない。

「不思議だね。ロッカールームの事件。犯人は小さな生徒か、あるいは音も立てずに入れる角度から撮影された誰かしかいない」

その言葉に、ひかりは胸がざわつく。

――まさか、私のこと……?

しかし、探偵は問い詰めない。

ただ、深く、静かに見つめるだけだった。


ひかりは心の中で揺れる。

昨日の出来事――財布の消失事件――のことを思い出す。

自分は何もしていないはずなのに、スマホには新しいファイルが残っている。

そして、そこには自分の名前が刻まれていた。

「あれは、誰……?」

問いかける声は、暗い心の中でこだまする。

りんの存在を思い出す――あの冷たくも確かな視線。

教室の外で、青井が心配そうにひかりを見つめる。

「大丈夫?」

ひかりは小さく頷く。

しかし、心の中では、自分がもう完全にはひかりではなくなっていることを感じていた。


放課後 黒川は、ロッカールームに再び立ち寄る。

彼の目は、ひかりを避けることなく、しかし一切の感情を見せず、静かに観察する。

ひかりは、自分の体の反応に戸惑う。

息が浅くなり、手が微かに震える。

しかし、それ以上に、心の奥で何かが目覚め始めていた。

「……影は、何を見ているんだろう……」

心の声が漏れる。

りんの存在を感じる。

影の中で、彼女の声が微かに囁く――

「怖がらなくていい。私がいる」

ひかりは、一瞬だけ心が落ち着く。

しかし、それは表面的な安堵にすぎず、すぐに胸の奥の違和感が戻る。


その日の帰り道 青井と美香は、ひかりに近づき、声を潜めて話す。

「ねえ、最近変じゃない? 何かあったの?」

青井は真剣な表情で問いかける。

ひかりは、答えに迷う。

自分でも理解できない感覚。

昨日の事件、りんの影、スマホに残されたファイル。

全部、自分とは関係ないようで、でも確かに自分の一部。

「……ただ、疲れてるだけ……」

偽りの笑顔で答える。

美香は微かに眉をひそめる。

「そう……でも、ひかりの目、何か変わったよ。前と違う」

その言葉が、ひかりの胸に刺さる。

――影が、確実に現実に影響を与え始めている。


ひかりは、自室で鏡を見つめる。

鏡の中には、りんの姿がわずかに反射している。

――これから何が起こるのだろう。

黒川は、ひかりの動きと事件のパターンをすでに頭の中で整理していた。

被害者、目撃者、消失事件――

すべてがひかりの周囲に集中している。

影は、彼女の中で成長しつつある。

そして、それを誰も止められないことを、ひかりはまだ知らない。

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