第7話 老舗は風向きを読む



王都の南通りに、ベリントン商会はあった。

派手さはないが、石造りの外壁はよく手入れされ、長年の信用を静かに語っている。


応接室に通されたシルヴィアは、紅茶の香りにわずかに目を細めた。

――良い茶葉だ。ごまかしのない香り。


「本日はお越しいただき、誠にありがとうございます」


深く一礼したのは、商会の当主

トマス・ベリントン。

白髪交じりの男だが、背筋は伸び、目だけは鋭い。


「こちらこそ、お時間をいただき感謝いたします」


シルヴィアがそう返すと、トマスは一瞬だけ微笑んだ。


(……やはりな)


彼は察していた。

なぜ、レオンハルト公爵家の令嬢が、

この時期に、

宝石の買い付けを名目に訪れたのか。


「本日は、サファイアを拝見したく」


「承知しております」


差し出された布の上に並ぶ宝石。

どれも美しい――が。


(……最高級品が、ない)


シルヴィアはすぐに気づいた。


「こちらが、現在ご用意できるもののすべてです」


トマスの声は、申し訳なさを帯びていた。


「レオンハルト公爵家に所蔵されている

サファイアと比べますと、

こちらはやや質にばらつきがあるように見受けられますわ」


探るような言い方ではなかった。

事実を、事実として口にしただけ。


トマスは、ゆっくりとうなずいた。


「ええ。これは不況ではございません」


彼は一拍置いて、はっきりと言った。


「――操作です」


空気が、少しだけ重くなる。


「いつ頃からでしょうか」


「五年ほど前から。

最初は一割、二割。

徐々に、確実に」


「噂は?」


「同業者の間では、前から」


トマスは声を落とす。


「ある商会が、意図的に流通を絞っている、と」


名前は出なかった。

だが、十分だった。


「……なるほど」


シルヴィアはそれ以上、踏み込まない。


すると、トマスが自ら続けた。


「宝石だけではございません」


彼は苦笑する。


「最近は、神殿向けの品も妙でして」


「神殿?」


「ええ。浄化用の札です」


シルヴィアの指が、わずかに止まる。


「西の国のものが、よく動いております。

国内の“祈り”より、確実だと」


――やはり。


「聖女様の……お力では?」


トマスは、答えなかった。

ただ、視線を伏せる。


それが、答えだった。


「本日は、貴重なお話をありがとうございました」


シルヴィアは立ち上がり、静かに頭を下げた。


トマスは、深く、深く礼を返す。


「……ようやく、でございますな」


その言葉の意味を、

シルヴィアは問い返さなかった。


外に出ると、王都の風が少し冷たかった。


(お父様……)


これは、宝石の話ではない。

国の、話だ。


シルヴィアは、馬車に乗り込んだ。


――歯車は、もう回り始めている。

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