第6話 凱旋未満



「なあ、アークス大神官」


馬車の揺れに身を任せながら、

ルディは気軽な口調で話しかけてきた。


「そろそろ、父上も怒っていないんじゃないか?」


(……来たか)


アークスは内心でため息をつきつつ、

穏やかな笑みを浮かべる。


「ルディ殿下。

私には陛下のお気持ちは分かりかねますが」


丁寧に、言葉を選ぶ。


「少なくとも、王都に大きな変化は見られませんよ」


(だからといって、

 許されたわけではないがな)


だが、そんな含みを

この王子が読み取れるはずもない。


「ほらな!」


ルディは、勝ち誇ったように胸を張った。


「やはり時間が解決するんだ。

 一度、帰ってみるか」


(……本当にどうでもいい)


(逃げ回った挙げ句、

 “時間が解決”とは)


(自分がやらかした不始末だろうに)


(それで次期国王、か)


アークスは、内心の毒をきれいに飲み込み、

表情だけは崩さない。


「怒っておられるかどうかは分かりませんが、

お話をされること自体は、

悪くないかもしれませんね」


(どうせ、

 泳がされているだけだ)


馬車は、そのまま王都へ向かった。



王都正門。


近づくにつれ、

ルディの顔には余裕が浮かんでいた。


「やはり、迎えも来ていないな」


(迎えが来ない理由を、

 なぜ好意的に解釈する)


馬車が止まる。


門は、開かない。


「……?」


近衛兵が、一歩前に出た。


「第一王子ルディ・エーデルシュタイン殿下」


声は丁寧だが、

一切の揺らぎがない。


「国王陛下の命により、

 本日の入城は認められておりません」


「……は?」


ルディは、理解できないという顔をした。


「どういうことだ。

 私は第一王子だぞ?」


「王命です」


それだけだった。


門は、最後まで開かなかった。



結局、ルディは神殿へと戻された。


「な、なんだこれは……」


混乱する王子をよそに、

アークスは静かに馬車を降りる。


(ほらな)


(迎えに行く必要など、

 なかっただろう)


(戻る場所は、

 最初から分かっていた)



翌日。


神殿の一室に、

新たな人物が現れた。


「本日より、

ルディ殿下の護衛を務めさせていただきます」


澄んだ声。


背筋を伸ばし、

一切の無駄のない佇まい。


「ガブリエル・レオンハルトです。

よろしくお願いいたします」


ガブリエルの挨拶が終わると、

アークスは穏やかに一礼した。


「これはご丁寧に。

 大神官アークスです。よろしくお願いいたします」


(……近くで見ると、やはり分かりやすい)


視線を合わせた瞬間、

アークスは確信する。


(魔力の質が、違う)


量ではない。

濃度でもない。


混ざっている。


――ヒールの中に、浄化が。


それを初めて見たのは、

王宮でのあの騒動だった。


侍女が打たれ、

頬を押さえて震えていたあの時。


ガブリエルは、

何の気負いもなくヒールをかけた。


その瞬間。


(……浄化が、流れ込んだな)


表面の腫れだけではなく、

恐怖と屈辱で乱れた“内側”まで、

静かに整えられていた。


(聖女でもないのに、だ)


あれは技術ではない。

意識してやっているものでもない。


(血か……それとも)


アークスは、

一つの答えに行き着く。


(エルフ)


しかも、

相当濃い。


「……?」


ガブリエルが、

わずかに首を傾げる。


見られていることに気づいたのだろう。


アークスは、すぐに視線を外し、

柔らかく微笑んだ。


(気づくな)


(今は、

 気づかないままでいい)



その後、

ガブリエルは率直に口を開いた。


「一つ、確認させてください」


「はい」


「聖女の浄化の際、

 札を使用していると聞きましたが……本当ですか?」


アークスは、

一瞬だけ考えたあと、

あっさりと答える。


「ええ。本当ですよ」


(だからこそ、

 “本物”が分かる)


札に頼る浄化。

祈りだけでは何も起きない現実。


そして――

無意識に浄化を混ぜる青年。


(皮肉な話だ)


(聖女を名乗る者より、

 聖女に近い力を持つ人間が、

 護衛として立っている)


ガブリエルは、

静かに息を吐いた。


「……そうですか」


その目に、

確かな疑念が宿る。


(いい)


(その違和感を、

 大切にしろ)


アークスは、

内心でそう思った。


(いずれ、

 あの西の巫女と並べて考える日が来る)


(その時、

 この国は――いや)


(この神殿は、

 大きく揺れるだろう)


だが今は、

まだ何も言わない。


大神官アークスは、

今日も静かに観察する。


本物が、どこに集まり始めているのかを。

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