第4話 聖女活動という名の逃避行



王宮を出た一行は、森の浄化地に向かっていた。


名目は聖女による巡礼。

実態は、第一王子ルディと聖女リーゼの逃避行である。


(……最悪だな)


アークスは、馬車の中で静かに天を仰いだ。


表情は穏やか。

口元には、いつも通りの柔らかな微笑み。


だが内心では、

一日に何度目か分からない溜め息をついている。


(王の目を避けたい?

 知らん。勝手にやれ)


(なぜ、俺が同行している?

 もっと知らん)


理由は単純だ。


「大神官がいないと、聖女活動に箔がつかない」


そう言ったのは、ルディ本人だった。


(箔ね……)


アークスは思う。


(浄化できない聖女に、

 箔も何もあるか)


野営地に着いたのは、日が落ちる直前だった。


テントが張られ、

簡素な祭壇が用意される。


「さぁ、リーゼ。

 民のために祈ってくれ」


ルディが得意げに言う。


リーゼは頷き、

両手を胸の前で組んだ。


「神よ……」


澄ました声。

だが、アークスの目には分かる。


(魔力が、薄い)


祈りが終わり、

人々は期待の眼差しを向けた。


――何も起こらない。


瘴気は、そこにあった。


(……だろうな)


「おかしいわね……」


リーゼが首を傾げる。


「聖女様、もう一度」


神官が促す。


再び祈り。


結果は、同じ。


ざわめきが起き始めた。


(ここで“札”だ)


アークスは、合図する。


神官がさっと前に出て、

瘴気の溜まる地に札を置いた。


西の国の巫女――

天野静音が作ったものだ。


札が淡く光り、

ゆっくりと、確実に、

瘴気が吸い取られていく。


「おお……!」


民が声を上げる。


「さすが聖女様だ!」


(違う)


(それは、聖女の力じゃない)


だが誰も、気づかない。


(……いや)


(気づいている者はいる)


アークス自身だ。


そして。


(レオンハルト家も、

 そのうち気づくだろう)


その夜。


問題は起きた。


テントは布一枚。

音は、驚くほどよく響く。


(……)


(…………)


(………………)


アークスは、寝台に仰向けになり、

天井の布を睨んでいた。


(眠れん)


毎夜毎夜。


ひそひそ声。

笑い声。

そして――


(……自重しろ、王子)


(ここは王宮じゃない。

 逃避行気分か?)


耳を塞ぎたい衝動を、

理性で抑える。


(神官としての修行に、

 こんな項目はなかったぞ)


翌朝。


顔色の悪い神官が、

おずおずと近づいてきた。


「アークス様……」


「はい。どうしましたか?」


いつも通り、柔らかな声。


「……体調を崩した者が……

 複数……」


(来たか)


「症状は?」


「……浄化では、治りません」


アークスは、一瞬だけ目を細めた。


(やはりな)


「案内してください」


テントの中。

衰弱した神官が横になっている。


アークスは手をかざし、

静かに魔力を流した。


――回復する。


だが。


(これは……)


(病じゃない)


(“不浄”だ)


誰が原因かは、

考えるまでもない。


視線が、

リーゼのテントの方角に向く。


(……本当に、分かりやすい)


軽蔑が、

静かに、確実に、深まっていく。


アークスは、記録帳に書き込んだ。


【浄化は札によるもの】

【聖女の祈りは効果なし】

【不浄の兆候、複数確認】


そして、最後に一言。


(これは、

 長く続けられる芝居じゃない)


彼は、穏やかに微笑んだ。


表では。


「聖女様のご活躍、

 誠に素晴らしいですね」


内心では。


(……早く終われ)


そう、強く思っていた。

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