第5話 誘拐

 リクニア北東にあるツール領。この地域は、北の中で最も多く凶悪な魔物などが潜む。その防衛線が此処なのだ。英雄であるツール・ラルスがこの辺鄙な地域にいるには、彼自身が敵と戦う上で最も適しているのである。彼自身、クリスに忠誠を誓いこの地を、民を守ることを生き甲斐としているのだ。

 亡くなった兄の形見を持って(過去、呪われていた剣だが、カイン教会の祈りとある冒険者の活躍により形は変わっている)。彼は、リクニア一の騎士であろう。彼に勝てる者は人間にはいないはずだ。己の強さと共に信頼できる仲間がいるからである。この年の冬も、北の山脈から降りてきた白竜の群を妻であり野伏であるシアと共に信頼ある冒険者達と撃退したのだ。

 その、ツールの城にいつもの奴がやって来た。その気配に気付く英雄。

「シア。奴のために緑茶と菓子を用意してくれ」

「わかったわ」

 シアは、微笑みながらメイドと共に支度を始めた。最近は何も起こらない平和な世の中だ。しかし、ツールが知っていた。奴が来るときは何か事件が有ると言うことを。冗談半分で「お前は災を持ってくる!」とよく言ったモノだ。と彼は思い出に浸っていた。

「さて、いい加減出て来いよ。ダーク・グラス」

 ツールは呟いた。

「ますます、勘が鋭くなったな。ツール」

 ダーク・グラスは、関心したように部屋の入り口で姿を現した。

「何、妻に気配の感じ取る方法を教えてもらっただけだ」

 久しぶりに会う友人と握手を交わし軽く抱きしめ合った。

「あら、もう居たの? ちょうどだわ」

 シアはお茶の用具一式を持ってきて、きょとんとする。

「久しぶり、シア」

 吟遊詩人が微笑んで挨拶した。

「久しぶり」

 シアも同じく挨拶した。

「まぁ、お前が来たことの理由はクリス卿からの話で大体見当は付いている。詳しく話してもらおう」

「察しがいいな」

「お前には事件ばかりが付きまとっているからな」

 英雄は笑いながら言った。

「そんな言い方はないだろうに」

 ダーク・グラスは苦笑いする。否定する気は無い。本当なのだから。

「お茶が冷めるわ、ゆっくりと話をしましょう」シアが言った。

「うむ」

 ダーク・グラスが事の顛末を話し終えた。

「成る程……。王女を影ながら見守ることか。で、俺にどうしろと?」英雄は吟遊詩人に訊いた。

「王女に振りまくで有ろう無駄な危険の排除。それだ」

「何か暗殺者の感じがするが」

「そんなことではない。要は、無駄な強敵と遭遇しないよう手助けをすればいい。俺も手伝う」

「と、なると人間でなく、巨人や竜など普通手に負えない奴を相手にする訳か?」

「そして、彷徨いてるリッチなどな」

「そんなのが彷徨かれては困る」

 彼は大笑いした。しかしながら、そういった奇特な存在の可能性は否定できない。

「俺も勘弁したい」

 ダーク・グラスもつられ笑いする。

「真面目に話しなさいよ」

 シアは注意する。

「ははは、すまん。すまん。誰か居るから油断したふりをしてるんだ」

 ダーク・グラスは小声で返答した。

「ふうん。何だそうなのね」

 3人はお互いの顔を見てうなずく。そして、素早く一斉に茶菓子の爪楊枝を掴み、ある一点に投げつけた。カーテンに刺さる。そして、うめき声が聞こえて怪しい男が姿を現し、カーテンを破きながら倒れた。爪楊枝は2本は目に直撃し、一本は急所に奥深く当たっていた。眉間である。

「見事だ、ツール。急所狙いをモノにしたな」

 吟遊詩人は感心している。

「訓練は怠ってはおらん」

 シアが、ナイフを持って死んでいるか確認しに行く。夫の奥義は完璧だった、爪楊枝は眉間の裏側まで貫通している。此で生きていたら、不死者か異世界精神生物だ。シアは死体を調べ黒薔薇の入れ墨を見つけ、こう告げる。

「暗殺宗教団よ」

「ソールヴェルか。何者かが依頼したな」

 ダーク・グラスは推測する。

「金と約束さえ守るのなら、何でも暗殺する破壊神の従属神か?」

「そう」

「急ごう。王女が危ない。誰が依頼したかは分からないが、危険が増えすぎる。お前は殿下の居場所を教えてくれないか」

「おそらく……今頃、お前の親父の所だ」

「なら、しばらくは別行動。俺とシアはカルドラスでカダールで待機しておく。お前は転移してくれ」

「事の次第分かったとき、魔法で遠距離通信する」

 茶を飲み干し、『ロックの城へ』 第五階位呪文転移を唱えて消えた。

「カルドラスーッ!」

 シアは窓から大声で叫ぶと、何かが飛んでくる。銅に輝く鱗を持つ大きな竜だ。

「なんだい?シア。また夫婦喧嘩の仲裁か?」

 カルドラスは着いたとたんそういった。

「そんなことで呼んだ事は一度もないだろうが!」

 ツールが反論する。

「あるわ、子供の名前で」

 シアがさらりと答える。

「……俺の負け! 名誉ある戦いの出陣だ。カルドラス、俺達を乗せてカダールまで連れていくのだ」

「了解!」

 カルドラスは右腕を前に伸ばし、異国の敬礼をする。

「準備はいつもしているから問題ないだろう」

 ツールは、白銀に輝くラーバントスティールで出来た魔法のバスタードソード“ハルク”を携え、フルプレートを従者に着せてもらった。シアも、すでに旅と戦闘が出来る準備を終えていた。エルフ鋼のチェインメイルにロングソード2本。そして大きな袋を持って。

「出発だ。他の者は、後からこい」


 メルディアではロディスが慌ただしく城内を歩き回り、ある人物を呼んでいた。「オリエ!オリエは何処にいる!居るならこっちに来い!」しかし、返答はない。

「全く!」

 彼は怒っていた。何かイヤな予感がする。

「影!」

「如何なる用で?」

「オリエは何処にいる?」

「メネア様の遠乗りに御同乗されておりましたが?」

「やはり! あのバカ娘!! 可愛い末娘を!!」

 癇癪を起こすロディス。

「行き先の見当は付いているのか?」

「おそらくは、リクニアを経由してロックに向かうかも」

「何故に?」

「アリス王女一行がそちらに向かっている件をお知りになったのでしょう」

「メネアが強引に王子を拉致するつもりなのか?…別の者に監視させよ。メネアの事はどうでもいいが、オリエは絶対守るのだ!」

「御意」

「2人共、焦りよって」

 ロディスは、腹立たしかった。計画の邪魔にならなければよいが。


 頑丈な軍馬が湖に沿って駆けていた。其処には体格の良い女騎士とオリエが乗っていた。その後から、数人の護衛が馬で駆けている。

「メネア姉様。私のわがままを聴いて下さりありがとうございます」

「お礼なんていいよ。城から出られる口実が出来たんだ。こっちが礼を言わなくっちゃ」

 メネアという女性はどうもじゃじゃ馬の様だ。ロイエンタール家の長女なのだが、家のしきたりや信奉しているログナード教が堅苦しく大嫌いなのだ。なんとか屁理屈を並べ立てオリエの願いを聞き届けたのである。

「オリエ。ユーリがロックに行くって本当?」

「はい。父上がそう影と話しているのを聴いていました」

「勇気あるねぇ!じゃぁ突っ走るわよ。しっかり捕まって!」メネアはかけ声と共に馬を更に走らせた。後ろにいる護衛には、1人のクルセイダーが神に祈りを捧げた。誰も彼もが強行軍に耐える様になった。これなら、ロックに王子が其処に着く頃に間に合う。

(待ってて下さい。ユーリル様。私がお迎えに参ります)


 アリス達は、聖騎士の案内により無事、山を降りた。崖を登るほかに、彼はもう一つ安全な洞窟を発見していたのである。彼も、巡礼という目的だけで来ている。無駄な戦いは意味はないと考えていた。しかも、勇気と無謀は全く違う。もし、聖騎士としての勤めで山にいる魔物を始末するなら信頼出来る仲間を連れているはずだ。

「王女様、これからロドスに赴かれるのですか?」聖騎士ロベルトは尋ねた。

「はい。その前に一度ロックにいきます」

「ご同行させてもらえませんでしょうか?」

「……その気持ち嬉しいのですが、お断りさせて頂きます」

「どうしてです?」

「私に試練があるように、貴方にも聖騎士としての勤めがお有りでしょう?貴方はこの島を此処にいる人々を守って欲しいのです。なれば、神は喜び人々も希望を持って生きていけます」

「有り難きお言葉!」

 ロベルトは跪き、礼をした。

「私も必ず試練を乗り越えます。貴方も頑張って下さい」

「この任務必ず!」

 聖騎士は愛剣を胸の前に掲げ誓いの儀礼をした。

「お願いしますよ」

 アリスは微笑んだ。

 町に着き、ロベルトと別れて一休みしてから、例の船でロックに向かう。当然船長は感激して涙を流すのであった。4日後ロックの港に着く。旅は順調だった。

「湖は広いな」

 とドルマが行った。

「海の方がもっと広いですよ」

 フィロッグが友人に言う。

「じゃあ、どれぐらい広いんじゃ?教えてくれよ」

「この湖より遙かに大きいです。このリクニアよりも」

 と言う。

「でも、海とは何じゃ?」

「見たこと無いのですか?」

 魔技は驚いた。彼は一度海を見たことがあるのでそれが当然だと思っていたのだ。

「私たちは、海と言うのを見たことはないです」

 他の連中も答える。

 魔技は愕然とした。しかし、それは期待しすぎなのだ。殆どのリクニアの人々は、行商、吟遊詩人以外は、このカルデラ地域でごく普通に生活できるのだ。冒険も沢山ある。冒険者の中で海を見るのは、北に向かわざるをえない冒険や仕事がある者だけである。アリスもユーリルも、他の皆も海が見える北の国ローズンに行く機会がなっかたのである。

「気を落とさないでくれよ」

 とJ・Jは慰める。

「情報部の肩書きは嘘か?!」

 と魔技は叫んだ。

「其れと此とは別だ」

 さらりとかわした。

 皆はそれで大笑いしていた。そして一つ楽しみが出来た気がした。海を見ること…。

「ははは、じゃあ、ファザム伯に会いに行きましょう」

 アリスは皆に告げる。

「僕は行かない」

 ユーリルはそう答えた。姉は彼の気持ちを察したのか「いいよ」と答えた。

「ありがとう……」弟はその場から去った

「一応、酒場で落ち合うことにしよう」

「ホントにいいのか?」

 ドルマが不満と不安を抱きながら訊く。

「あの子は、政治の裏社会の的になりすぎている。それで貴族が嫌いなの。あまり、そうした所には居させたくない。ドルマ、J・J。弟を頼みます」

 アリスは、レオノアとフィロッグと共にロック城に向かった。しかし、時には優しさが仇となる事を彼女は思っても見なかった。


 城に着いたとき、ファザム自らがアリスらを出迎えてくれた。アリスらは驚きはしたものの、うれしく思った。

「わざわざ、出迎えありがとう」

「滅相もありませぬ」

 ファザムは恭しく返事をして「さぁ、中でゆるりとお話ししましょう」と案内した。

「彼は?」アリスが歩きながら伯爵に尋ねてみた。

「あ奴は、息子のところにいきました」

 途中に置いている水時計をみて、「おそらくはそろそろ」と答える。

 当たりである。メイドたちが中庭で黄色い声を上げている。詩の技術もさることながら、容姿は端麗としているので人気があるのだ、素顔でも。せがむ人々に愛想良く振る舞う〈吟遊詩人としての〉ダーク・グラスがそこにいた。

 リュートを奏でる音と美しい歌声が聞こえる。


  時を越えて語り継ごう 安らぎに満ちた物語を 

  愛を誓って結ばれた 2人の勇気ある道のりを

  すれ違いを繰り返し 勘違いを繰り返し

  喧嘩を繰り返す

  欲望が渦巻く戦乱の世


  離ればなれになって やっと気づく

  一人ではいられない

  男は戦いに剣を取り 女は人を癒し励ました

  亦巡り会えると信じ続け


  皮肉な運命が 2人を導く 互いに敵同士となって

  引くことはならず 戦うことも出来ず

  男が 剣を棄て 戦うことを止めた 

  君を斬れないと

  女は涙した 悲しさよりも嬉しさを

  2人は 生きるために別れた


  男が諸悪の権化をうち倒し

  運命から解き放たれた

  お互いに戦い 生き抜いてきた

  そして 再び巡り会う


  時を越えて語り継ごう 安らぎに満ちた物語を 

  愛を誓って結ばれた 2人の勇気ある道のりを


 中庭までアリスらがさしかかるところを見ると、表情を変え「皆後で、すまない」とファンから離れていった。

「アリス様、ようこそ無事で」

 珍しく恭しく答える。

「すべては、神のご加護があってのこと。しかし、私の身を案じてくれる者がいるのは嬉しい限りです」

「ありがたきお言葉。はて、数名いないのですが?」

「弟たちは別行動です」

「分かりました。しかし、心配ですね」Dark Grassは言った

「仲間がいます。心配はありません」


「気分転換で城下町を一人でぶらつくかな」

 ユーリルは、後ろの連れをどうやって離れるか考えていた。戦い疲れや、愛しい人との一時的な別れでどうしても独りになりたかった。しかし、相手は盗賊の情報部と神の使徒。町で彼らを捲くのは難しい。しかし、こっちも意地がある。人混みに紛れて路地裏に入れば、時間ぐらいは稼げる。徐々に距離を離していけばいい。彼はそのまま人がにぎわう場所に移動していく。それを数ヤード後ろで二人は見ていた。

「ホントに独りでいたいらしいな、ハーフエルフよ」ドルマがJ・Jに尋ねた。

「ストレス溜まってるんだろう?仕方ないが彼の好きなようにさせるべきか?」

「そうもいかんじゃろ。あんな腰抜けでも、一応王子だしな」

「腰抜けではないと思うが。魅了された私を気絶させるほどの剣の使い手はいない」

「なんか、肩持ってるな?悔しいのか?」

 にやりと笑うドワーフ。

「ほっといてくれ。見失うぞ」

 J・Jは、王子を追いかけた。それに走って付いてくるドルマ。

 人混みの中での鬼ごっこはユーリルには有利だった。そのまま暗い路地裏に入り込み彼らを捲くことに成功した。「ふぅ」ため息をつき、一休みする。そのまま別の路地に入って、ごく普通の酒場に入ろうと決めた。紋章の付いた服やマントを別の普通の服に着替えよく見かける青年に戻った。

「暫く解放させて貰うかな!」

 路地裏で背伸びをしてこの日はのんびりとすることを決めたユーリル。そのまま別の路地に入ろうとしたとき、後ろから気配を感じた。誰かに押さえ込まれる!素早くかわそうと思ったが、感付くのが遅かった。そのまま押さえ込まれ腹に強烈な拳の一撃を喰らう。

「うっ」

「さて、王子様。ホントの姫様がお待ちです」

 意識が朦朧とする中で、その相手が女であることが解った。そして、ポケットから紋章入りの指輪をおとし気を失った。

 数分後、ドルマは簡単な祝詞神に祈りを捧げる・信仰呪文第二階位の物体探知呪文を利用し、ユーリルがいるであろう路地裏をすすみつづける目的地にたどり着いた。

「案の定じゃ。よく問題を起こす王子じゃの」ビヤダルは腹を立てた。

「そう言うな。危機の乗り越え方は、よく知ってるはず。不意を付かれた様だが、その先を教えてもらえそうだ」

 地面に落ちているユーリルの指輪を手にとってJ・Jは言った。

「ふん! 自業自得じゃ! 奴は自分勝手すぎるんじゃ!」

「しかし、アリスに頼まれては放っては置けない。暗殺ではない以上、別の何者かが拉致しただけと推測できるだろうに」

「ふむ。お前の言っていることは当たっておるな。そうでなければ、此処には死体が転がっておる」

「また、君の探知呪文が必要だね」

 J・Jは冷静に言った。

「ふう。任せろ。儂も、奴は嫌いじゃないしな」

 ドルマはため息混じりに答えた。そして、

「大いなる鍛錬の神ゴールデンアックスよ、我は仲間を助けたいと願う。その者はユーリル。彼は何処へ行ったか教えたまえ」

 とドワーフの言葉で祈り始めた。手にあった高価な宝石を掲げた時、路地裏の薄暗さから一変、日の光のごとく光が降り立った。それは、十分ほど経った。第四階位呪文啓示である。

「解ったぞ」

 ドルマが叫ぶ。

「何処だ?」

「『いかがわしき所にとらわれし王子。拉致したる者、幼きころの知り合いにて幼なじみなり。闇の刺客でなし』」

「よく解らないが?」

 謎めいた言葉だけで理解しているドワーフの方がJ・Jには解らなかった。

「とにかく、お前さんの出番じゃよ。いかがわしい所といや、娼館か裏通りの酒場しかなかろうに」

「はいはい」

 J・Jはこのドワーフの思考回路の凄さに唖然とするしかなかった(そうでなくては、僧侶はやっていけないだろうが)。

「後で、馬鹿王子に金貨5000枚相当の宝石を返して貰わなくてはな!」

 興奮するドルマ。

 ハーフエルフは黙するしかなかった。祈りの触媒で其処までの価値の物を使ってたなんて! 只、反面それほど彼を助けたいのだろうと考え直した。

 そのまま、二人は路地裏を探し始めた。


 ユーリルは目を覚ますと、見知らぬ暗い部屋にいた。武器などはとられている。窓はあるが堅く閉ざされ、扉も鍵がかっている。そのため部屋の中を認識するのに苦労はした。

「あの口調には聞き覚えがある」

 彼はそう思った。まだ、幼かったころによく一緒にいた人物か?扉の向こうでなにやら声がする。そっと聞き耳をたててみた。女性の声が2つ。どちらも聞き覚えがある。

(分かった!ロイエンタールの娘達だ)ユーリルは思い出した。

「姉様。早く会いたいです」

「待つのよ。彼が目を覚ますまで時間があるんだから。それに、此処を感付いた仲間の始末が先よ。まあ殺しはしないけど」

(オリエにメネア。どうしてだろう?)

 彼は、髪の毛に隠していた針金を取り出し、静かに慎重に扉の鍵をあけようかと考えたが、止めにした。昔なじみのいたずらだ。放っておけば、自力で逃げることが出来よう。寝たふりをし続けることにした。

 そのころだった、扉が開いたのを感じたのは。華奢で可愛らしさのある女性が入ってきた。オリエだ

「ユーリル様、起きて」

 女は、彼をゆさぶった。元々寝たふりをしている馬鹿王子なので、チャンスを見極めようとそのまま寝ていることにした。

「ほれ、言わんこっちゃない」

 扉の向こうで例の女、メネアが喋っている。

「私の拳を受けたのだ。そう起きはしない…」

 ユーリルは、直ぐ飛び起き、持っていた針金を刺突武器のようにメネアの服とともに壁に突き刺した。

「何時の間に!?」

 動揺するメネア。今までの彼ではないのか? 針金は予想にも壁に食い込み、服ごと破かざる終えない。

「やっぱり、いたずらが過ぎるんじゃないか? 僕は暫く独りになりたいのだ。もういいだろう」

 少し怒った口調でユーリルは言った。

「ユーリル! 会いたかったのにどうして?」

 オリエは、この男に訊いた。

「それは、もう昔の僕じゃないって事さ。幼なじみであった事は事実としても、今は冒険者。過去を忘れるために貴族を捨てた只のガイドだよ」

 ユーリルは、冷たくそう言った。嫌いなわけではない。もう、彼女に自分の事を忘れて欲しかったのだ。

「それでも、それでもユーリル様はユーリル様です!」

「違うと言っている!もう忘れて僕を此処から出すんだ!」

 王子は怒鳴った。その声でオリエは涙ぐむ。

「そ……そんな事って!」

「あんた、可愛い妹をなかしたわねぇ?高く付くよ!少し骨を折ってでも家に連れて帰ってやるわ!」

 食い込んだ針金と服を引きちぎり、短剣を引き抜いた。

「相変わらずシスコンだな!」

 挑発するユーリル。

「黙れ!この意気地のない弱虫! 王位継承を捨てた者め!」

 短剣が彼の左腿に刺さる。しかし、ユーリルは痛みを気にせず短剣が刺さったまま、下に転がりメネアの後ろをとった。刺さった短剣を抜いてそれを喉元に突き立てる。冷や汗をかく女騎士。

「どうして此処まで出来る? もう、王位も捨てた世捨て人同然のあんたが!」

「さあ? 油断出来ない隠居生活してたからね。腕の方は維持できるし、こうゆうときには役に立つよ、ガイドの防御技術は」

 悠々と返答するが、殺気を感じさせるほどすごみのある声をだした。

「守る者がある。守るべき存在がある。それが僕を動かしている! もうあきらめろ。そろそろ僕の仲間が見張りを気絶させている」

「何故そんな根拠のない事を?」

「聞こえないか? 足音が」

 ユーリルは笑いを浮かべる。

「なんっだって?」

 見張りが次々と倒れている音がわずかに聞こえる。

「無茶な事したね。君は単純だよ。力が有っても其れを役に立てていない。もう終わりにしよう」

 この台詞と同時にドルマとJ・Jが駆け寄った。

「馬鹿王子! 宝石返せ!」

「全く、強欲な友人だな」

 体勢を変えず返答した。J・Jはユーリルの変わりにメネアを押さえる。

「怪我しとる」

 ドルマが、ユーリルの足の怪我を見て言った。

「自分でもわかっている。自業自得だよ」

 ユーリルは返答したが、怒っていた。しかし、このドワーフに怒っているわけではない。未だに自分の周りに、鎖が有ることと、其れを忘れていた自分に腹を立てていたのだ。貴族という鎖が。

「もう気が済んだか? オリエ。僕は君の気持ちを受け止めることは出来ない。すでにそうした関係ではない」

 ユーリルは隙を見せないようにその場から立ち去った。仲間はそのままついてくる。今残っているのは、ユーリルの過去を知らなかった、女二人だった。

「酷い。酷い」

 泣きじゃくるオリエ。今まで感じたことのないユーリル放った殺気に、かつての優しかった面影は無かった。屈辱感を抱いたのは、メネアだった。

 「いつか、見返してやる」


 安全のため、ロック城に入るユーリル達だったが、弟の怪我をみて、アリスは弟に怒ってしまった。

「どうして、ドルマ達と一緒に居なかったの!」

「自由にさせてくれたのは、姉さんじゃないか! 怒られる理由はないね。自分でも油断したと思ったさ!」

「傷をとにかく治さないと」

 アリスはそっと傷口に手を当てる。

「なにするつもり?」

「だまってて!」

 彼女が精神を集中すると手のひらが光り、ユーリルの傷跡が消えていった。其れには周りの人間も驚くばかり。あの闇エルフさえも驚いた。

「癒しの手。聖騎士しか使えないとされる力をお持ちとは」

「英雄神のお力です」

 そして、彼女は一振りの剣を引き抜く。

「神からの賜り物。これが【大剣】を探し求める手がかりです」

「ふーん。この……これは『神の鉄』で出来てる!ラーヴァントスティールだ!」

「なまくらか何かと思ったか?」

 剣が喋る。不機嫌そうだ。

「知性の武器(インテリジェンス・ウェポン)ときてる。やっかいな生物(ナマモノ)だ」

 ダーク・グラスがため息交じりに言った。

「うるさい! この半端者の吟遊詩人め! 僕を誰だと思ってる」

「金属製ナマモノ」

 エルフはスンと答えた

「殺されたいか!!」

「セインJr.! 口は慎むようにしなさい!」

「ハーイ」カタカタと動く剣。

「すごく気抜けするインテリジェンス・ウェポンを貰ったな」

「親(大剣)に似てるそうよ」

「うわぁ。英雄も困ってたろうな」

 吟遊詩人は笑った、喋るが忠実で普段は無口な”ハルク”とえらい違いだ。

「さて、王女?貴女はこれからどうするつもりで?」

 ファザムは問いかけた。しかし、返答したのは喋る剣だった。

「そりゃ当然ロドスに登って、親父の片割れを貰いに行くんじゃないかよ。わからんおっさんだな」

「ぐむぅ」

 流石に剣に怒っても何の意味もない。その後、アリスが剣を叩いていた。

「痛い!」

「どうもすみません」

 照れ笑いでごまかすアリス。

 「ひどいよう」と鞘の中で泣いているセインJr.がいた。ユーリルは、後ろでくすくす笑っていた。何か気の合う剣だと思ったのだろう。

「私たちはロドスに赴きます。途中お話があったように、オークとの戦いにも参加します」

 火山の麓には未だに亜人間オークの軍隊がいる。其れを退治することも一つの使命とアリスは考えたそうだ。

「分かりました。ダーク・グラス、馬鹿息子に伝えて置け」

 ファザムはそう言った。

「御意」

 吟遊詩人は一礼してその場を去った。

「行きましょう。ロドスに。ユーリル、ガイドを頼むわね」

「分かった。途中トルンクさんに会ってもいいかい?」

「いいでしょう。貴方とティクスの恩人ですから、お会いしないと」

「決まりだな」

 他の仲間も同意した。

「伝説の息子に身をゆだね勇者は旅立つ。俺って詩人かな?」

 また喋る剣が言った。アリスは尽かさずつっこんで宝石を叩く「すみません」セインJr.は謝る。

 次の日、数人の旅人が危険のあるロドス火山へ旅立っていった。

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