第14話 アストレアの聖女

 アルさんが眉を吊り上げた。

 

 「『許さんぞ』じゃないです。セシル様っ! シャルル様にお話してなかったんですか」


 「いや、タイミングがな」

 セシル様はしどろもどろになった。


 「でも、じゃないです。もうわたしから話します。シャルル様は、戦神アストレアを信仰していますか?」


 「はい。一応は」

 そうは答えたものの、わたしが幼い時、クロエ母様は違う神様を信仰していた。だから戦神アストレアにはあまり信仰心はない。


 「一応とは、頼りないですな」 

 アルさんは、そう言ってため息をついた。


 「というか、セブンスフォール王国では、アストレア教は国教じゃないですか」


 「はい。王族にも貴族にも信者は多い。では、我が国のアストレア教が2つに分裂していることはご存知ですか?」


 国内では有名な話だ。

 よく貴族同士で噂話になっている。


 「たしか、青と赤に分裂していて2人の大司教様が、互いに自分こそが教皇だと言い張っているんですよね」


 「そうです。そして、アズベルト第一王子は、赤の大司教カルアスが後見になっています」


 それの何が問題なのだろう。

 「大司教カルアス様に何か問題があるのですか?」


 「たしかに、人格的に問題はあるのですが……」


 すると、セシル様が答えた。

 「大司教が後見になっていれば、王位継承でも神様のお墨付きに見えるってことだよ」


 アルさんは頷いて言葉を続けた。

 「つまり、我々も対抗する必要があるということです」



 ランプの炎が揺れて、壁に落ちたわたしたちの影が、ゆらりと動いている。



 ……きっとアルさんは、わたしに青の大司教を誘惑しろと言いたいのだ。


 手が震える。

 心臓がバクバクして、わたしはドレスの胸元をギュッと握った。


 やはりわたしは、今でも男を悦ばせるための『道具』なのだ。


 「分かりました。お役にたてて嬉しいです……ぐすっ」


 すると、アルさんが声を裏返らせた。


 「あ、いえ。誤解なさらないでください。たしかに青の大司教アズールは俗物ですが、今回は違う方法にしましょう。実は……」


 セシル様は一瞬、アルさんを睨んだが、また穏やかな顔で、わたしに説明してくれた。


 「アズールは、何か不正をしているみたいなんだ」

  

 不正? 大司教なのに?


 「何をしているのですか?」


 「詳しくはまだ分からない。不正についての密告と、アズールの個人資産が、何らかの手段で急増していることを確認している。不正が行われていることは、まず間違いがない」


 「では、弱みを握って、大司教アズール様にセシル様の後見人になってもらうということですね」


 そんなゲスな大司教がセシル様の味方になることに違和感はある。でも、これが『お綺麗じゃない方法』なのかな。


 しかし、アルさんは首を横に振った。


 「いえいえ。あんなゲスを味方につけても、いつ裏切るか分かりませんし、セシル様の格が下がるだけです。それよりも有効な方法があります」


 「それは?」

 全然わからない。


 「シャルル様は、聖女様のことは知ってますか?」


 「神託をうけた女性が聖女になるんですよね。たしか、今は不在だとか」


 要は大司教の匙加減で選ばれる聖女。

 不在でもなんとかなるくらいの存在。


 ……ただの偶像だ。


 「そうです。あなたに、アズールの推薦で聖女になって欲しいのです」


 (……え? 聞き間違えかな)


 「わたし神託なんて受けてませんし、本当のことを言いますと、戦神アストレア様のこと、あまり信じていません」


 アルさんは口元を綻ばせた。


 「ほほっ。正直ですね。この際、信じているかなんてどうでもいいのです。聖女を名乗るには、アストレア教の中で、それなりに認知度があって、大司教が『神託があった』と主張していればいいのです」


 認知度? わたしにアストレア教の知り合いなんていないし、意味が分からない。


 「つまり、わたしは何をすれば?」


 「カノンと一緒にアストレア教に入信してください。ほんと、セシル様がなかなか伝えないから、ジイの仕事が増えてしまったではないですか。しかも睨まれしたし」


 セシル様は、ばつの悪そうな顔をした。

 「ごめん、シャルルに危ないことさせたくなくてさ。でも、『籠絡』なんて紛らわしい言い方をしたジイも悪いだろう」


 「シャルル様。いかがですか? 聖女になれば王宮にも出入りできますし、セシル様は王宮でも命を狙われる身。いざという時に、貴女の白い魔法が必要なのです」


 セシル様がわたしを見つめた。

 「ごめんな。シャルル。大司教アズールの不正は、僕らが先につかんでこそ、価値があることなんだ。君が王宮に出入りできれば心強いし、これは君にしか頼めないんだ」


 聖女はきっと信者にとっては特別な存在。わたしがそんな大それたことをしてもいいのだろうか。


 「……やってくれるか?」

 セシル様はそう言うと、両手でわたしの手を包み込むようにした。セシル様の手、すごく汗をかいている。


 そんなに必要なことなのだ。


 さっきアルさんが出てこなかったら、きっと、セシル様は自分の力で何とかしようとしていたのだろう。


 わたしは目を閉じた。

 胸の中が温かくなるのを感じる。


 「……分かりました」

 わたしはそう答えた。


 


 

 

 

 


 


 


 

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