第15話 シルク•フォーノット。
「あっ、でも。修道院での修行って、きっと泊まりですよね? お義母様は許してくれるかな……」
「その点はご心配なく。舞踏会の時に仕込みをしておきましたので」
アルさんはそういうとピースサインをした。
「それはどういう?」
「それよりも、シャルル様には、ひとつ、先にして頂きたいことがあります」
セシル様が頷いた。
「あぁ、そうだったな。やっぱり、やらないとダメか?」
セシル様がこんなに嫌がるなんて、何なのだろう。
「あの、それはどういう?」
わたしの問いにアルさんが答えてくれた。
「ある人を仲間に引き入れて欲しいのです」
「ある人とは?」
「我が国が誇った天才『シルク•フォーノット』。彼を口説いて欲しいのです。あ、これは女を使えって意味ではないですからね? ふぉほほ」
『誇った』? なんで過去形なんだろう。
わたしが首を傾げていると、セシル様がため息混じりに答えてくれた。
「飛び抜けて優秀なヤツだよ。でもな、なんていうか、相当の変わり者でな。一時は次期宰相候補とまで言われた官吏だったのだが。現王に好き放題言ってクビになったんだよ」
王様相手に好き放題?
とても正気とは思えない。
「どんなことを言ったんですか?」
「魔法王國アリストンが滅びた時に『バルスの求婚を断った姫を確保して、正妃に迎えよ』と進言したんだ。僕の母上……王妃の目の前でだよ?」
「それでどうなったんですか?」
「それだけでも失礼なのに、この国では魔法は嫌われているからね。その血を王族に入れるなんてもってのほか。廷臣全員に大反対され、父上は激怒。しかも、アリストンの主神は女神シーリスだから、当時のアストレア教皇にも猛反発され、『悪魔の申し子』とか言われてたな」
アルさんは苦笑いして、続きを話してくれた。
「不敬罪で斬首刑になりかけたんですが、功績が大きかったので免れたんですよ。とはいえ、国外に出したら、脅威になりかねない存在。そんなわけで、10年ほど幽霊されましたが、今は解放されて、森の外れの小屋に住んでいます。ほんと、悪運の強い人です」
セシル様とアルさん、悪口を言っているくせに、そのシルクさんを嫌ってはいないみたいだ。
どうしてだろう。
アルさんは話を続けた。
「今回のシャルル様が聖女になるという作戦、シルク殿からのアドバイスなんです」
「わたしのこと知らないのに何故?」
「実は……、成人の儀式でセシル様のお相手を見繕う時にシャルル様を推薦したのは、そのシルク殿なんですよ」
なにやら、すごい人らしい。
いや、わたしに目をつけたくらいなのだから、すごくないのかな。
でも、なんでわたしのことを知っているのだろう。
「それで、わたしは何をすれば?」
「これからシルク殿に会いに行ってください。先方が貴女に会わせろと要求していますので」
「これからですか?」
きっと何日もかかるだろうし、お義母様が許してくれるはずがない。
「はい。これからです。この屋敷の裏に住んでますので、歩いて10分くらいです」
わたしが驚いていると、アルさんは笑顔になった。
「わたし、さっきシルク殿の住まいは森っていいましたよ?」
いや、ここもたしかに森だけれど。
わたしはセシル様と、シルク様の屋敷に向かった。
セシル様は護衛のつもりらしい。
でも、王子様よりわたしの方が強い気がする。
泣きそうだから、言わないけれど。
セシル様は、道すがらにシルク様のことを教えてくれた。
「自称、天才政治学者で、哲学者で、魔法研究者とか言ってる変人だよ。でも、暴力を振るったりするヤツじゃないから。さてついた」
シルク様のお屋敷は、本当にいつもセシル様と会っているお屋敷のすぐ近くだった。
色々と聞きたかったのに、アッという間についてしまった。
「頑張って!」
セシル様はそう言うと、屋敷の入り口で手を振った。
「ついてきてくれないのですか?」
「アイツが、僕が来たら今後一切助言しないっていうからさ。大丈夫だよ、たぶん」
『たぶん』つけられたら、余計に不安なんですけれど。
「あっ」
セシル様の声。
もしかしたら、一緒に来てくれるのかな。
しかし違った。
「一つだけアドバイス。アイツ、無駄に賢いから、くれぐれも嘘はつかないように」
セシル様は一緒に来てくれないみたいだ。
わたしは、お屋敷を見上げた。
外壁はボロボロで、軒裏には無数のコウモリがぶら下がっている。
裏にはお墓。
赤い目のカラスが、一斉にわたしを見た。
全然、大丈夫じゃないですよぉ。
わたしはセシル様の方を振り返った。
たぶん涙目だったと思う。
でも、笑顔で送り出された。
セシル様の薄情者ぉぉ。
ギギギ。
扉をあけた。
間引きされたランプの灯りが微かに揺れている。薪が焼けたような匂い。
(暗い)
すると、闇の中から声が聞こえた。
「来訪者よ。こっちに来たまえ」
暗がりからは想像できないような優しい声。
「キャッ」
わたしの身体がふわりと浮いた。
足が地面に着いていないのに、暗闇の方に勝手に吸い寄せられる。
気づけば、腰を抱きしめられていた。
灯りが揺れて、薄らと顔が見えた。
紫がかった黒髪に真紅の瞳。
華奢だが端正な顔立ちの男性だった。
追放された話からすると、40代前後かと思っていたのだが、20代前半にしか見えない。
「あの、セシル様ですか?」
わたしの質問に、彼は笑った。
唇の隙間から、長い犬歯が見える。
「いかにも。わたしがセシル•フォーノットだ。シャルル嬢。迂遠な話をするよりも、まずは君の心を確かめさせてもらおうか」
その言葉が終わるのとほぼ同時に、シルク様は唇をあけた。
犬歯が牙に見えた。
青白くて、長い。
一瞬の間。
ここを逃れる方法は?
何か良い言い訳は?
『嘘はつくな』
セシル様の言葉が脳裏をよぎった。
わたしは目を瞑った。
これはきっと必要なことだ。
わたしは、セシル様を信じる。
直後、わたしの首筋に何かが刺さる感触。
液体を吸い上げるような音がして。
わたしの首元が燃えるように熱くなった。
聖なる娼婦令嬢は無能王子だけに恋をしている。 白井 緒望(おもち) @omochi1111
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