第11話 宝石箱の髪飾り。
黒い宝玉からの波動を感じる。
魔力は波だ。
波は緩やかに障害物を回り込む。
わたしを中心に、黒い魔力が滲んでいく。
冷気が広がった。
すると、クローゼットの屋根裏から淡い光が漏れた。
「カノン。あの光の場所を探して」
カノンは、アルプス山羊のようにしなやかに棚板を跳ね上ると、わたしが指差した天井パネルにナイフを突き立てた。
「ここ、過去に外した跡があります」
パネルを持ち上げると金縁の本が見えた。
わたしも屋根裏を覗き込むと、表紙の中心の宝玉の黒が、闇をうっすらと照らしていた。
わたしは本を受け取った。
クロエ母様から教わった異国の文字が並んでいる。
「これ、黒の魔法書です」
目的は達成した。
あとは、誰にも知られずにこの部屋から出るだけだ。
宝石箱の髪飾りがキラッと光った。
お義母様のことだ。宝石類がなくなれば、すぐに異変に気づくだろう。
わたしの様子に気づいて、カノンが首を横に振った。
そうだよね。
髪飾りは置いていくしかない。
(クロエ母様。ごめんね。また迎えにくるから)
「さっき物音、何だったのかしら」
カトリーヌ姉さんの声が近づいてくる。
階段が軋む音。
ギシッ。
部屋の前で音が止まった。
カトリーヌ姉さんに見つかったら、すぐにお義母様に伝わる。その後のことは、想像しただけで心臓が痛くなった。
ドアノブが動いた。
(もうダメっ)
わたしは目を瞑った。
ガチャガチャッ。
「あれ、開かない」
ドア越しにカトリーヌ姉さんの声。
カノンの方を見ると、鍵フックを摘んでいた。ギリギリで内側から鍵を掛けたらしい。
「はぁー」
わたしは静かに息を吐いた。
ドアノブが何度か動く。
「鍵がかかってる。さっきのは気のせいかしら」
お義母様は普段から鍵をかけている。
カトリーヌ姉さんも、そのことは知っているはずだ。
あとは諦めるまでやり過ごすだけ。
わたしは、魔法書を抱きしめた。
——助かった。
チャッ。
金属が擦れるような音。
「はぁ。念の為、中を見てみましょう」
鍵穴から金属音。
(まさか、この部屋の鍵を持っているの?)
ジャラッ。
「どの鍵なのかしら。たくさんあって分かりにくいわ。お母様も鍵を預けるなら、それくらいの気遣いはしてくださらないかしら」
カトリーヌ姉さんの声が低くなる。
わたしとカノンは、口を手で塞いだ。
カチャリ。
「これね」
鍵を見つけたらしく、かんぬきが動く音。
ドアが開く。
「……誰もいないわ」
♦︎
「はぁはぁ」
耳元でカノンの息遣いが聞こえる。
わたしとカノンは、間一髪でクローゼットの中に飛び込んだ。
2人がギリギリ入れるくらいの狭い空間。折れ戸の外では、カトリーヌ姉さんの足音が聞こえる。部屋の中を歩き回っているみたいだ。
(お願い。このまま帰って……!)
だが、足音は折れ戸の前で止まった。
「クローゼットの戸に白い布が挟まってる。何かしら?」
白い布?
わたしのドレスは、白だ。
足元を見ると、スカートの裾が折れ戸に巻き込まれていた。
わたしの頭の中は、真っ白になった。
ギギギ……。
カトリーヌ姉さんがクローゼットの戸に手をかけた。
差し込む光で思考が戻った。
どうしよう。
でも、お義母様不在の部屋のクローゼットに、部外者のカノンといるのだ。何を言っても聞き入れてもらえない。
その後のことを考えると、吐きそうになった。
……ギギッ。
開きかけた戸の動きが止まった。
隙間から覗くと、カトリーヌ姉さんは後ろに振り返っていた。
その先には2番目の姉、ブリジット姉さんがいる。
「カトリーヌお姉様。お母様のお部屋で何を?」
「さっき変な音がしたのよ」
「ペルシャの悪戯に決まっています。それに、こんな貧乏男爵の家に泥棒なんて入るのかしら。ふふっ、そんな物好きなんているわけがありませんわ」
「でも」
ブリジット姉さんは、カトリーヌ姉さんの手首をつかんだ。
「それよりも、今日のお客様に、舶来の上菓子をいただいたんです。よければ、ご一緒にいかがですか?」
カトリーヌ姉さんの手を引きながら、ブリジット姉さんが、チラッとわたしの方をみた。目が合った瞬間、ブリジット姉さんの口元が少しだけ綻んだ気がした。
パタン。
扉が閉まり、2人の声が遠ざかっていく。
わたしは、魔法書をカノンに預けて裏口まで見送った。カノンは一度だけ振り返って、闇の中に消えていった。
「ふぅ……すごく疲れた。あとで、ブリジット姉さんにお礼を言わないと」
ブリジット姉さんは、たぶん中立の立場だ。
意地悪もしないが、助けてもくれない。
だから、さっきのは気まぐれかもしれない。
でもわたしは、助けてもらえたことがすごく嬉しかった。
もう髪飾りの力は借りられない。
問題は、セシル様が黒の魔法書を開けるか……だ。
※※※※ご連絡※※※※※
いつもありがとうございます。
前話(10話)で、髪飾りに黒い魔力を入れたのを、シャルルの父からクロエの兄に変更しました。すみません。引き続き本作をよろしくお願いします。
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