第10話 命の欠片。
慎重にドアノブをひねる。
わたしたちが部屋に入ると、カノンは静かにドアを閉めた。
「おねえさまが……」
カノンはわたしの口を塞いだ。
階段の下から足音が近づいてくる。
(お願い。どこかに行って)
足音がドアの前で止まった。
どうしよう。
——カノンの指先が短剣の柄に触れた。
さっきは冗談っぽく言っていたが、カノンはセシル様が最優先だ。カトリーヌ姉さんが騒げば、魔法書は持ち出せなくなるし、姿も見られてしまう。
だから、ドアが開いたらカノンは本当にカトリーヌ姉さんを殺してしまうだろう。わたしも正直、カトリーヌ姉さんは好きではない。でも死んで欲しいとは思っていない。
わたしを嫌いな理由も知らないし、カトリーヌ姉さんも、この稼業をするしかなくて、決して幸福とは思えないからだ。
カチャ。
金属同士が触れた音。
ドアノブがゆっくりまわる。
カノンが、短剣の柄を握りこむ。
わたしが本を欲しい理由は、セシル様に死んで欲しくないから。家族に復讐するためではない。
カノンの顔は知られていない。
見られて困るのは、わたしだけだ。
ドアノブがさらに回る。
だから、わたしは——。
カノンの前に身体を押し込んだ。
「シャルル様。そこをどいて。敵を殺せない」
カノンがわたしを押しのけようとする。
すると。
「にゃおーん!」
ガランガラン、ガシャン!
「ちょっと、ペルシャ!! わたしの部屋に入っちゃダメだって言ってるでしょ」
ダダダッと足音がして、ドアノブが動かなくなった。ペルシャが悪さをして、カトリーヌ姉さんは、自分の部屋に戻ったらしい。
「きゃああ。あの人にもらったグラスがぁぁ。この、クソ猫っ! 切り刻んで食ってやるっ!」
遠くから声が聞こえてくる。
「はぁーっ」
わたしは大きく息を吐いた。
わたしは胸を押さえた。
窮地は脱したはずなのに、冷や汗と鼓動が止まらない。
チンッ。
カノンが短剣を鞘に戻した。
「ねこちゃん、大丈夫なの?」
「大丈夫だと思います。ペルシャを拾ってきたのは、カトリーヌ姉さんですので。口は悪いけど、動物大好きなんですよ」
わたしはそう答えた。
動物が好きだから人に優しいとは限らない。それは、お人好しだから動物好きとは限らないのと同じだろう。
どちらもカトリーヌ姉さんだ。
「そうですか。ですが、そんなに時間はないでしょう。まずは目的を果たしましょう」
カノンの口調は淡々としていた。
わたしはこの部屋の中に入れてもらえたことがほとんどない。部屋を見渡したが、魔法書の場所に見当がつかない。
手当たり次第に探してみる。
引き出しの中、棚の上、ベッドの下。
しかし、魔法書は無かった。
時間がない。
カトリーヌ姉さんが戻ってきてしまう。
何かヒントは……。
(こんな小さなところに入ってる訳がない)
そう思いながら、宝石入れを開いた。
すると、見覚えのある髪飾り。真ん中に宝石が輝いている。
クロエ母様のだ。
わたしは、髪飾りの宝石に触れた。
温かい。
懐かしい白い魔力の波動。
母様の波動。
クロエ母様の魔力は白だ。
だったら、どうやって黒の魔法書を開いていたのだろう。
カトリーヌ姉さんの声。
「ほんっとに、あのバカ猫は……」
戻ってきたんだ。
どうしよう。
——クロエ母様の宝玉が乳白色に光った。
『この黒の魔法書は最上級。開くには良質な黒の魔力を表紙の水晶に通わせて光らせる必要がある。この髪飾りの宝玉の中には、わたしの兄上の魔力が残ってるの。わたしの魔力に反応して、こうして黒の魔力を貸してくれる。死んじゃっても、きっと妹の事が大好きなのね。うふふ』
懐かしい声。クロエ母様の声。
魔力の波動は、命の欠片だ。
だったら……。
伯父様。
わたしは、クロエ母様の娘です。
どうか。
わたしにも力を貸してください。
大切な人を守りたいのです。
わたしは、自分の魔力を込めて髪飾りに触れた。
指先に冷気が伝わる。
乳白色の宝玉が、黒く反転した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます