第8話 黒の魔法書
嬉しいことと悲しいことがあった。
嬉しいことは、セシル様と会える日が週2日に増えたことだ。悲しいことは、それ以上の予約をお義母さんが断ったこと。
前に誰かが『わたしの身請けは不可』と言っていたけれど、やはりお義母様は、わたしが特定の顧客と親密になることを嫌っている。
その理由は分からない。
でも、嫉妬だとしたら、やはり悲しい。
だから、他のお客様のところにも行かないといけない。もし、拒否すれば、セシル様との仲を疑われてしまうし、何度もムチで叩かれる。
セシル様と出会って、鈍っていた痛覚が戻ってしまったから。
……前よりも辛い。
お客様からお金を受け取る度に、泣きたくなる。
♦︎
ヒヒン。
馬のいななきが聞こえて、馬車がとまった。
セシル様と会うのは森の奥のお屋敷だ。
週2回、わたしはここで、セシル様に魔法の授業をしている。
到着すると、早速、授業を始めた。
「セシル様。目を閉じて魔力の循環を感じてください。それを一まとめにして、意識的に動かすイメージで」
セシル様がわたしの指に触れた。
他の男の匂いが残ってたらどうしようって思って、反射的に腕を引いてしまった。
よく洗ったからそんな事はあるはずないのに、怖い。
セシル様は笑ったが、指を追おうとはしなかった。
「でも、僕はシャルルと同じ魔法は使えないんだろう?」
「魔力には、白と黒の2種類があって、セシル様は黒でわたしは白。波動の色によって使える魔法の系統も違います」
「シャルルと同じ波動がよかった」
セシル様は、わたしと違うことが気に入らないらしい。だが、違うことはデメリットばかりではない。
「房中術……身体を重ねて魔力を循環させることも訓練になります」
「えっ?」
勇気を出して、わたしからセシル様に触れた。
指先から感じる鼓動を、魔力の波長に同調させる。
「これならアルさんにサボっているって叱られることもないですよ? なにせ訓練なのですから」
わたしはセシル様を抱きしめた。
♦︎
セシル様が前のめりなので、魔力の訓練は順調に進んでいる。だが、わたしには黒魔術の知識がない。
わたしはアルさんに相談することにした。
「わたしではセシル様に黒の魔法を教えることができないです。他の先生にお願いできませんか?」
「この国には魔法を使える者は殆どいませんし、目立つ募集もできませんので……黒の魔法書があれば、なんとかなりますか?」
「実演はできませんが、知識として導くことはできると思います」
アルさんは髭を撫でた。
「そうですか。とはいえ、この国では魔法は邪悪という認識……書物庫にもないと思います」
ダメか。
お城ならあるかなと思ったのだけれど。
気は進まないが、仕方ない。
母が亡くなって、わたしはセルバード家に引き取られた。わたしはある時、見てしまった。
舞踏会に出かける時、お義母様がわたしの母のドレスを着ていたのだ。ドレス以外にも髪飾り等、母の持ち物を使っているのを見たことがある。
母の遺品には上等なものが多かったから。わたしが引き取られた時に、母の荷物を盗んだのだろう。
わたしが幼い頃、母は黒の魔法書も持っていた。だから、家にある可能性は高い。
「もしかしたら、わたしの実家にあるかも知れません」
盗まれた事情を話すと、アルさんは顔を歪めた。
「酷いことをなさるものです。ですが、魔法書は処分されているのでは?」
お義母様は物やお金に執着が強い。
母の魔法書には、水晶が埋め込まれ凝った修飾がされていた。あのケチなお義母様が捨てるとは思えない。
「この国で魔法書を売る時はどうするんですか?」
わたしの問いに、アルさんは即答した。
「この国では魔法書は売れませんよ。なにせ邪悪な書ですから」
「でしたら、やはり、お義母様が持っていると思います」
「持ち出すことはできそうですか?」
アルさんはそう言って、心配そうに眉を下げた。
わたしは家で食事も1人だし、お義母様との接点が少ない。兄弟が多いので家が無人になることもない。
あるのは、おそらく、お義母様の寝室だ。
盗みに入るのは簡単ではない。
失敗したら、きっと殺される。
想像するだけで全身が震えて、ガチガチと歯が当たった。
「わたし1人では難しいと思います。力を貸していただけませんか?」
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