第6話 王子様のやり方

 ギギギ。

 大きな鉄格子の扉をあけて、屋敷の中に入った。


 古い煉瓦造りの大きな建物だ。

 中には大きなホールがあって、螺旋階段が見える。廊下の両脇にはランプの明かりが揺れている。


 広いのに人がいない。

 ガランとしていて、どこか寂しい。


 セシル様はあの上の階かな。

 きっと、これからシリアスな話をされるのだ。


 わたしは、口の中が渇くのを感じた。



 すると、後ろから足音。


 「キャッ」


 誰かに抱きつかれた。

 花のような良い匂い。


 「シャルル。キスは?」


 美しい顔の王子が、唇をすぼめている。

 わたしは咄嗟に、セシル様の顔を押し返した。


 頬をムギュっとさせて、セシル様が言った。


 「僕のこと、嫌い?」


 「嫌いだったら命懸けで来たりしません。キスはその……みんなが見てるからダメなだけです」


 すると、セシル様が手を払った。

 「みんな、外で待機して」


 え?

 まさに今、命を狙われているのに?


 「ダメですっ」


 「え、あぁ。気づかなくてごめん。外、寒いもんね。アル。みんなに熱い紅茶を出してあげて」


 優しい人。

 でも、そういうことじゃなくって。


 「あのっ、セシル様は危ない立場なんだから、人払いしちゃダメですっ!」


 アルさんが額に手を当てている。

 「シャルル様。普段のセシル様はもうちょっとマシなんですよ? 愛想をつかさないでやってくださいね。あなた様に命を救われてから、ポンコツに拍車がかかってしまいまして」


 セシル様を本気で心配しているみたいだ。

 アルさんも、セシル様が大好きなのだろう。


 「ほらっ。ジイ。余計なことを言うな」


 「いえっ、言いますぞっ。普通は身体を重ねて、男としての余裕ができるものなのです。それなのに、セシル様は何なのですか。毎日、シャルルシャルルと。他の言葉も覚えてください」


 「だって、シャルルはすごいんだぞ。可愛いし優しいし、あっちだって最高なんだ」


 わたしの顔は熱くなった。

 やかんを乗せたら、すぐにお湯が沸きそうだ。


 わたしはこの稼業をはじめてから、心が鈍感になった。でも、彼といると調子が狂う。


 生娘に戻ってしまったようだ。


 「あのね。セシル様。真面目なお話もしてください」


 するとセシル様はつまらなそうな顔をした。


 先週、死にかけたばかりなのに。

 この人は、いま、笑っている。


 立ち振る舞いに、恐れがない。

 本当に噂通り? それとも……。


 「わかったよ。先週、君に怪我を治してもらったろう? あれから兄さんにますます目をつけられてしまってね」


 セシル様は三男だ。


 「お兄様2人とも、セシル様と仲が悪いんですか?」


 「いや、特に問題なのは上の兄。アズベルト兄さん」


 「またお城でトラブルがあったと聞いたんですが」


 「あぁ。アズベルト兄さんが、僕の怪我が治ったことを不審に思ったらしくて。僕の周りを嗅ぎ回っているんだよ。あの後、また刺客もやってきたし」


 「こほん、セシル様。もっと詳細にお願いします」

 アルさんは咳払いをした。


 「ああ。実は、アズベルト兄さんに『なぁ、もしかしてお前の女、傷を癒せるのか? 貸してくれよ』と言われて、またやらかしてしまった」


 「なにか言ったんですか?」

 そう聞きながらも、わたしはなんとなく想像がついていた。


 「兄さんの胸ぐらをつかんで『僕の女に手を出したら許さない、殺すぞ』って」


 えっ。それって大ピンチですよ?


 「それでお兄様は何て言ったんですか?」


 「すごい形相になって『王になったら、お前を殺して、その女は玩具にしてやる』って」


 「わたしのことなんて、どうでもいいんです。どうか無理をしないでください」


 「いや、もう手遅れだよ。『兄さんがそういう態度にでるなら、わかった。僕が王になる』と言っちゃったから……。僕は自分のことは無能のクズって言われても大丈夫なのに」


 むしろ自分のことで怒ってください。


 それでは、王位継承争いに名乗りを上げたと解釈されてもおかしくない。


 セシル様は続けた。


 「僕は、ただ君のことを諦めて欲しかっただけなのに、王位継承争いに参加したことになっちゃった。ど、ど、どうしよう」


 でも、刺客を追い払ったのだ。

 セシル様も王族だし、きっと剣の素養はあるはず。


 誰が次期王になるかは、それまでの功績を考慮して、現王が決めると聞いたことがある。


 そこそこの結果を残せば、交渉次第では、フェードアウトできるかもしれない。


 「セシル様。剣はできるのでしょう?」


 「剣? できないよ」

 

 「えっ」


 「だって、僕は子供の頃から剣の稽古を許されなかったから」


 「刺客はどうやって撃退したんですか?」


 「朝、起きたら勝手に死んでた。たぶん、転んだんだと思う」


 王家が使う刺客は超一流だと聞いたことがある。転んで死ぬなんてことは、あり得ない。


 わたしは視線を落とした。

  

 わたしは魔力を感じとることができる。何度も身体を重ねたから分かる。セシル様の中には魔力が眠っている。


 セシル様の感情がたかぶると、耳鳴りがする。


 これは、わたしとは魔力の波長が違うからだ。

 そして、かなり強い。

  

 ……多分、この人は『特別』だ。


 「噂どおりの無能で、僕のこと嫌いになった?」


 「いや、それはないです。絶対に」

 これは本心。セシル様に才能があるかなんて、どうでもいい。


 するとセシル様は、わたしを抱きしめた。


 「こほん」

 アルさんが咳払いをして、言葉を続けた。


 「と、いうことで、このヘタレなセシル様には、なんとか生き残ってもらわねばなりません。剣の稽古はしてもらいます。でも、一朝一夕ではどうにもならないでしょう」


 「じゃあ、どうやって?」


 わたしが質問すると、アルさんは、傍に置いてあった剣を握ってヒュンっと回した。


 「いま、わたしが剣を使えると思いませんでしたか?」


 「思いました」

 わたしは無意識に、アルさんが剣の達人だと思ってしまった。


 「ふふっ。そういうことです。要はハッタリですよ。ハッタリで今の状況を切り抜けます」


 「……え?」

 わたしは言葉を失った。




※※※※※※※※※※※※

応援ありがとうございます。


連載告知でシャルルのイラストを追加したので、リンクさせます。

https://kakuyomu.jp/users/omochi1111/news/822139842602402530

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