第3話 ある無能な王子の独り言。

 僕は、王家の三男。

 上には兄さんが2人いて、2人とも王座を欲しがっている。


 僕の王位継承順位は第三位。

 王座争いには無縁の存在。


 他国はどうかしらないが、この国では、王座争いに負けた男子は、殺されるか爵位の低い貴族に婿入りするか、放蕩三昧の堕落した生活を送るかの3択だ。


 これならば、聖職者や軍人で才覚を発揮した王子が、後の王権争いの火種になる心配もない。


 

 先日、僕は成人した。


 自室にいると、ノックもなしにドアが開いた。


 「入るぞ」

 長男のアズベルト兄さんが部屋にやってきた。


 「セシル。成人儀礼のことは決めたか?」


 儀礼なんて仰々しい。

 例の愚かな3択のことだ。


 「えぇ。殺されるのも、すぐに結婚するのも嫌ですし、女性を抱くことにしようと思います」


 すると、アズベルト兄さんは鼻で笑った。


 「女を抱くのが公務なんて良い身分だな。俺は朝から帝王学の講義で座りっぱなしだぜ。ほんと、お前と代わりたいよ」


 小石だったとしても、王位継承権がある僕のことが目障りなのだろう。アズベルト兄さんは、やたら僕を敵対視している。


 それなのに、よく言う。


 「まぁ、お相手は才にも爵位にも恵まれない、低位貴族の女性ってことですし」


 平民と通じると、高貴な青い血が濁るそうだ。

 だから貴族の娘。


 ——愚かな話だ。


 そして、快楽に溺れさせるために……経験豊富で手慣れた女性。


 「まぁ、男爵家あたりの娘ってところだろうな。いくら食うのにも困るからって、王族に取り入ろうとするなんて、乞食同然だな」


 兄さんは得意げに言った。人から聞いた話で、よくそれだけ偉そうに語れるものだ。

 

 だが、爵位の低い貴族の中には、貴族相手の娼婦を生業とする家があるのは事実だ。さしずめ、僕の初めての相手になるのは、そんな家の娘だろう。


 相手の容姿にも才能にも、性格にも期待していない。


 好きな読書も剣も、魔法も。

 これまでもこの先も、僕は何かに打ち込むことは許されない。


 僕はただ堕落すればいい。

 それが、僕の役目なのだ。


 「まぁ、良い女だったら俺にも回してくれよ」

 兄さんはそう言い捨てて、部屋から出て行った。



 翌日。

 執事のアルが部屋のドアをノックした。


 「セシル様。お相手が決まりました」


 どうやら、僕の相手が決まったらしい。


 アルは小さな頃から僕を可愛がってくれた。


 僕は側室の子だ。

 だから目立たないようにしていたが、アズベルト兄さんは、僕の存在自体が気に入らないらしかった。


 子供の頃は、理不尽な理由でよく殴られた。


 そんな時、アルが何度も助けてくれた。

 一度なんて僕の代わりに殴られてくれた。


 だから尊敬もしていたし、この孤独な王室の中で、唯一の味方だと思っていたのに。


 所詮は、父上の子飼いということか。


 「……分かった」


 そう答えると、アルは声を弾ませた。

 僕が女性を抱くと、褒美でも貰えるのだろうか。


 「セシル様。お相手はジイのオススメですぞっ」


 娼婦にオススメもなにもないだろう。

 容姿に優れているか、そっちが上手なのか。


 どうでもいい。



 その日の午後、言われた屋敷で待つ。

 

 これからのことは一種の公務で、相手の顔には興味はない。顔を見るメリットよりも、見られるデメリットの方が遥かに多い。

 

 だから、アルには灯りをつけないように言った。


 待ってる間、契約書類に目を通す。

 今夜は満月だ。窓を開ければ、それなりに明るい。


 「ふむ。『身請け不可』か。珍しい」


 まあ、これなら子供ができたと言ってまとわりつかれる心配もないし、好都合だ。


 それにしても、どうしてこんな条項があるのだろう。男爵家なら、身請けなんて願ってもない話だと思うが。


 家の恥になるくらい、容姿に優れない女性なのかな。


 まぁ、いい。


 僕も『顔だけの王子』なんて言われてきたのだ。顔で判断される辛さは分かる。


 「せめて、容姿で蔑むようなことは言わないようにしよう」


 鳥の囀りを聞いていると、使用人の動きが慌ただしくなった。


 扉が開き、部屋に風が吹き込んだ。


 女性が近づいてくる。

 ベッドの天蓋ごしに、髪の毛が見えた。


 銀髪だ。

 この国では珍しい。


 女性はベッドに上がると、僕の唇に触れた。


 「無礼者」

 その言葉がでかかって、僕は言葉を止めた。

 

 月明かりが、彼女の白い肌の上を揺れる。

 僕を腐敗させるためにやってきた堕落の姫。

 

 銀色がかっていて、月の海みたいな瞳。

 

 彼女をみた瞬間。

 嫌悪も警戒も無意味だと悟った。


 彼女が笑った。

 僕の心臓は息をのんだ。


 

 

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