第5話「流れをつなぐ人間」
クラブの照明は、眩しすぎるくらいだった。
赤と青のライトが、
規則性のないリズムでフロアを切り取っていく。
慶太は、DJブースの中に立っていた。
本来、ここは
“目立つ場所”のはずだった。
音を支配し、
フロアの視線を集める。
けれど彼は、
視線の外側にいる感覚のまま、
ミキサーに指を置いていた。
⸻
最初の一曲をかけたのは、
頼まれた通りの選曲だった。
盛り上がる。
人が動く。
空気が温度を持つ。
慶太は、その様子を
少し引いたところから見ていた。
この曲のあとに、
何が来るべきか。
それは、
頭で考えることではなかった。
フロアの呼吸が、
自然に教えてくれる。
⸻
一曲終わる前、
彼は次のトラックをセットした。
キーが半音下がり、
テンポが少しだけ緩む。
盛り上げるためじゃない。
息をさせるためだ。
人の動きが、
ほんの一瞬、ほどける。
その隙間に、
次のビートが滑り込む。
フロアは、
気づかないまま、
次の状態に移行していた。
⸻
慶太は思った。
バンド練習で感じていた違和感は、
ここにはない。
誰も、
自分の音だけを鳴らしていない。
曲と曲の間にある
“空白”さえ、
全体の一部になっている。
これは、一人でやる音楽じゃない。
でも同時に、
全員が同時に鳴らしている音楽でもない。
流れが、
先に存在している。
⸻
誰かが叫ぶ。
誰かが跳ねる。
誰かが、ただ揺れている。
慶太は、
その全部を一つの曲として見ていた。
今、
前に出るべき音は何か。
引くべき音はどれか。
彼は、
音を足しているわけじゃない。
つないでいる。
⸻
イベントの終盤、
ブースの横にいた知り合いが言った。
「慶太さ、
DJなのに、
自分を出さないよね」
それは、
よく聞いた言葉だった。
バンドでも、
同じことを言われた。
慶太は、
少し考えてから答えた。
「出してないんじゃない。
全体を見てるだけ」
その言葉は、
この夜、初めて
自分の中で完全に成立した。
⸻
家に帰ると、
詩音がソファでイヤホンをしていた。
「どうだった?」
「……楽だった」
慶太は、
自分でも意外なほど
素直にそう言った。
「一人でやってるのに、
一人じゃなかった」
詩音は、
少しだけ安心したように笑う。
「それ、おにいちゃんっぽい」
⸻
その夜、
慶太はノートを開いた。
曲を書くためじゃない。
誰かのためでもない。
ただ、
音の流れを書き留める。
どこで人は息をして、
どこで高揚し、
どこで置いていかれるのか。
それは、
世界の設計図に似ていた。
彼はまだ知らない。
この感覚が、
やがて Sound Universeを安定させる中核機能になることを。
けれど、
一つだけは確かだった。
自分は、
前に立つ人間じゃない。
流れをつなぐ人間だ。
そして、
その役割を引き受けた瞬間から、
世界は、
少しずつ別の音を鳴らし始めていた。
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