第4話「合わせるはずの場所で、音はばらばらだった」
スタジオの空気は、いつも少し重かった。
防音材に囲まれた四角い部屋。
アンプの唸り。
ドラムのチューニング音。
「じゃあ、ちょっと音出ししようか」
誰かがそう言うと、
全員が同時に、別々の音を出し始める。
ギターはリフを確認し、
ベースは運指をなぞり、
ドラムはフィルを試す。
音は鳴っている。
けれど、曲は始まらない。
慶太は、壁にもたれてその様子を見ていた。
ギターを構えながら、弾かない。
頭の中では、すでに曲が流れている。
テンポも、展開も、
全員が入ったときの“重なり”も。
なのに、
その完成形に向かう音が、
この部屋には存在しなかった。
⸻
「通しでやらない?」
何度目かの沈黙のあと、
慶太はそう言った。
一瞬、空気が止まる。
「いや、まだ俺のとこ固まってなくて」
「ここ、もう一回確認したい」
誰も間違ったことは言っていない。
正しい。
あまりにも、正しい。
だからこそ、
慶太の中で違和感は消えなかった。
完成してから合わせるなら、
ズレは、いつ分かるんだろう。
⸻
彼にとって、
音楽は“合わせるもの”だった。
未完成なままでもいい。
噛み合わなくてもいい。
ただ、
同じ時間に、
同じ曲を鳴らしてほしかった。
それだけだった。
けれど、この場所では、
誰もそれを求めていなかった。
⸻
練習が終わった帰り道、
誰かが言った。
「慶太ってさ、
うまいけど、なんか遠いよね」
悪意はなかった。
ただの感想だった。
それが、
いちばん刺さった。
彼は、前に出ない。
主張しない。
自分のアイデアを押し通さない。
でもそれは、
支配したくないからでも、
自信がないからでもない。
最初から、全体が聞こえてしまうから。
⸻
家に帰ると、
詩音がソファで歌詞ノートを開いていた。
「今日、どうだった?」
「……ばらばらだった」
「音?」
「うん。音」
彼女は少し考えてから言った。
「じゃあ、おにいちゃんは、
“そろう前提”で聞いてるんだね」
その言葉で、
すべてが腑に落ちた。
自分は、
誰かと競いたいわけじゃない。
前に立ちたいわけでもない。
ただ、
音がそろった瞬間を、知っているだけだ。
⸻
その夜、
慶太は一つの結論にたどり着く。
自分は、
バンドの中心には立たない。
代わりに、
欠けているピースを見つける側に回る。
音が一つの形になる瞬間を、
外側から支える。
それが、
自分の居場所だ。
まだこのとき、
彼は知らない。
この感覚こそが、
やがて Sound Universeを“安定させる役割” になることを。
けれど確かに、
彼はこの夜、
一つの選択をした。
前に出ないという、
はっきりとした選択を。
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