第2話

 朝の光は昨日と同じ色なのに、何かが違う。



 森の葉が風に揺れる音も、鳥の鳴き声も、昨日と変わらないはずなのに、胸の奥が小さくざわついた。


「おはよう、今日は少し風が強いみたいね」
 彼女が笑顔で声をかける。


 
 その笑顔は変わらず優しくて、僕は自然に安心した。
 でも、昨日の森で見つけた白い羽根――
 あの小さな出来事が、まだ心に引っかかっている。


 僕は木の根元に目をやった。
 土に混じって、細かい砂のようなものが散らばっている。
 昨日はなかったはずだ。


 
「……また落ちてる」
 小さな声で呟くと、彼女がそっと僕の肩に手を置いた。


「気にしなくていいわ。ただの森の粒かもしれない」
 その言葉は柔らかく、魔法みたいに胸のざわつきを押し戻す。


 
 でも、僕の心は、ほんの少しだけ違和感を覚えていた。
 空気が、光が、音が――すべてが少しだけ“ずれている”。


 その日、僕たちは森を抜け、村の小道へ向かった。
 村人たちはいつも通り、穏やかに生活している。


 
 でも僕は気づく――昨日と同じ人が、ほんの少しだけ目を伏せたように見えた瞬間があった。
 それは風のせい?それとも……何かが違うのか?


 彼女は変わらず僕の隣にいて、手を引き、道を案内してくれる。
「今日は、あそこまで歩きましょう」
 僕は微笑みながら頷く。


 
 でも心の片隅に、羽根の感触、昨日の静けさ、そして森の揺れる光が、やわらかく影を落としていた。


 日常の中に漂う違和感――
 それはまだ小さく、気づかぬほど微細なものだけれど、確かにそこにあった。



 そして僕は、知らず知らずのうちに、この世界の秘密の片鱗を見てしまうことになる――そんな予感を、胸の奥で抱いたまま歩き続けていた。


 森を抜けた先には、小さな川が流れていた。
 水面に映る光は、どこまでも優しく、柔らかい。


 
 僕は思わず立ち止まり、手を水に差し入れる。
 水は冷たくもなく、温かくもなく、ただ、存在するだけの感触だった。


「ここで休みましょう」
 彼女が川のほとりに腰を下ろす。
 僕も隣に座る。
 空気は澄んでいて、鳥の鳴き声も風の音も、すべてが穏やかだった。


 
 でも、川面の光が揺れるたびに、胸の奥が少しだけ締めつけられるような気がした。
 昨日の羽根のことを、僕はまだ思い出していたからかもしれない。


「ねえ……」
 僕が小さく声を出すと、彼女は顔を僕に向ける。
「どうしたの?」
「なんだか……世界が、昨日と違う気がするんだ」
 彼女は微笑む。

 


「そう感じることもあるわ。でも、それはただの気のせいかもしれない」


 その言葉は優しく、胸を撫でるように響いた。
 だけど、僕は確かに見た――川の向こう岸に、昨日はいなかったはずの影が揺れているのを。


 
 小さく、ぼんやりとしていて、輪郭もはっきりしない。
 誰か?それとも、ただの木の影?
 答えはわからない。
 でも胸の奥のざわつきは、確かに増していた。


 彼女はその影に気づくこともなく、ただ水面を見つめている。
 僕は手元の水に目を落とし、ゆらめく光に自分の姿を重ねる。
 光は揺れ、川面は揺れ、そして――
 小さな羽根が水面にふわりと浮かんだ。


「……?」
 僕は手を伸ばす。
 その羽根は、昨日森で拾ったものと同じ形。
 でも、川の流れに押されて、少しずつ形が変わっていく。


 
 そして――その瞬間、水面に映る僕の隣の影が、ふっと僕を見上げるように揺れた。


 違和感はもう、無視できないほどに膨らんでいた。
 それでも彼女は柔らかく微笑み、手を差し伸べてくれる。


 
 その微笑みの下に隠されたものが、まだ僕には分からないまま――
 僕の心は、ゆらゆらと揺れる光の中に漂っていた。


 朝の光は昨日と同じ色なのに、何かが違った。



「……どうして?」
 僕はそっと問いかける。
 彼女は、何も答えず、ただ微笑むだけ。

 その微笑みは、柔らかく、優しい。
 でも、同時に――胸の奥の何かを締めつける、静かな悲しみを含んでいた。

 そして川の向こう岸に、ぼんやりと立つ人影――
 姿はわからない。
 でもその空気、揺れる光、そして羽根……
 すべてが、僕にある小さな予感を告げていた。

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