第3話

 朝の光は、昨日より少しだけ冷たく感じた。
 川のほとりを歩くと、草の間に小さな影が揺れている。
 昨日の羽根のことを思い出すと、胸の奥がきゅっとなる。


「おはよう。昨日はよく眠れた?」
 彼女が微笑む。声は柔らかく、まるでこの世界のすべてが優しい夢であるかのよう。
 僕はうなずくしかなかった。


 でも、耳の奥で、かすかな音がした。
 羽根が水面に落ちるときの、かすかなさざめき――
 それはただの水の音じゃない。


 
 僕には誰かが、僕を呼ぶように囁いているように聞こえた。


「誰か……いるのかな?」
 僕が恐る恐るつぶやくと、彼女は首をかしげ、笑う。


 
「そう感じることもあるわ。でも、大丈夫。ここは安全よ」


 言葉は優しい。
 でも、その瞬間、川の向こう岸に映った影が、一瞬、笑ったように見えた。


 
 それは人の笑顔ではない。
 光の加減で揺れる水面の影――だけど、確かに、微かに人を感じる輪郭があった。


 僕は息を止めて、それをじっと見つめる。
 すると、彼女がそっと手を僕の肩に置いた。
「怖くない。私がいる」


 その手は温かく、柔らかく、僕の体に溶け込む。
 でも、同時に、どこか重い責任を感じた。

 
 この微笑みには、ただの優しさだけじゃない、守らなければならないものの重みがある――
 そのことを、僕はまだ理解できない。


 川沿いを歩きながら、僕は小さな声を聞いた。

 
 羽根が揺れる音に、誰かの囁きが混ざっている。
 そしてふと、彼女が立ち止まり、僕を見た瞬間――
 その瞳は昨日よりも深く、どこか遠くを見ているようだった。


「……ねえ、あの影、見えた?」
 僕が尋ねる。
 彼女はしばらく黙って、ゆっくりと微笑む。

「見えたのね……でも、安心して。あなたに危害はないわ」


 その言葉に、安心と不安が同時に押し寄せる。
 胸の奥で、小さな何かが鳴る。


 
 昨日の羽根、川の揺れる光、そして、初めて聞いた囁き――
 すべてが、僕に問いかけている。

 この世界は、本当に安全なのか?
 そして、彼女の微笑みは――祝福なのか、呪いなのか。

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SOFT RUIN 夜光めん @Alev_nen

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