第3話

 ゴーレム令嬢第3話


「ヒ、ヒィッ……! くるな、くるなあああッ!!」

 ​至近距離でバロウが喉を掻き切りそうな悲鳴を上げる。狭いコクピット内、逃げ場のない椅子の上で、彼は狂乱し、ステラの銀色の首筋に掴みかかろうと無様に腕を振り回した。


 ​「【不快指数、許容値を超過。対象の沈静化を優先します】

 ​ステラが淡々と告げると、彼女の指先から淡い青色をした微細な霧が噴射された。星辰せいしんの民の技術による、清掃時に利用される霧吹き機能を応用した精神安定ミストだ。


 ​「ガハッ……!? ゲホッ、ゴホッ……オェッな、なんだ、これ……オェっ」

 ​バロウはむせ返り、それを一気に吸い込んだ。肺の奥まで染み渡る冷涼な感覚。直後、雷に打たれたように彼の身体から力が抜けた。心臓の爆音は静まり、あんなに激しかった死への恐怖が、不自然なほど急速に遠のいていく。


 ​「……あ、れ。俺、何を……」

 ​「落ち着きましたか、不法投棄物。質問に答えなさい。貴方の生死は、情報の価値によって再定義されます」

 ​ステラの黄金の瞳が、至近距離でバロウを射抜く。バロウは嗚咽を漏らしながらも、力なく頷いた。


 ​「答えなさい。現在、この場所がどういった経緯で不毛の地となっているのか……そして、この領地の統治者と、現在の国際情勢を」

 ​バロウは焦点の定まらない目で、震えながら口を開いた。


 ​「……ここは、五年前の『大崩壊』で死んだ土地だ。アルストロメリア公爵家が古代ゴーレムを暴走させて、街も、草木も、全部マナの暴走で焼き尽くされたんだよ。アルストロメリア城が崩落した跡地を、残らず焼け野原にしたんだ」


 ​その言葉が、アストライオスの居住区にいるフェリシアの耳に届く。白銀の壁に投影された映像を見つめる彼女の指先が、微かに震えた。


 ​「統治者は……クレイトン王子だ。あいつはここを自分の『ゴミ捨て場』にしてやがる。自分に逆らう罪人や、使い道のなくなった役立たずを放り込んで、野垂れ死ぬのを高みの見物にするためのな……っ」


 ​バロウが続ける。ミストの効果で、本来なら墓場まで持っていくべき機密さえも、滑り出すように漏れ出していた。


 ​「……情勢は、クロイツ家が統治しているアグニール帝国の1強だ。そこへ、あの武門の名家であるファルケンベルク家が加わった。帝国は、解体した数百体分のガーディアンゴーレムの『リキッドマナメタル』と、ファルケンベルクの武力を手に入れ、もはや誰にも止められねえ……」


 ​居住区の白銀の壁に映し出される映像を見つめ、フェリシアは膝の上で拳を固く握りしめた。


 ​「……嘘。全部、デタラメだわ……」

 ​あの日、父は領民を守るために最期まで抗った。母も、きっとみんなを守るために……!家を焼き、城を崩落させ、故郷を死の土地に変えたのは、王室と帝国の私欲だったはずだ。


 それを、すべてアルストロメリア家の罪として塗り替え、思い出の地を「ゴミ捨て場」と呼んで嘲笑っている。

 ​「許さない……。歴史まで奪って、その上に胡坐をかいているなんて……!」

 ​フェリシアの瞳に、銀色のマナが激しく渦巻く。その怒りに呼応するように、神殿の深層から重低音の共鳴が響き渡った。


 ​一方、コクピット内。

ミストの効果が薄れたのか、バロウの目に正気が戻り、自分が何を口走ったかを悟って顔面を蒼白に染めた。


 ​「な、なんてことを……俺はァッ……機密を……ッ!?うあ、あああぁッ!! 殺される、俺は消されるんだぁぁッ!!」

 ​バロウは獣のような悲鳴を上げ、狭いコクピットの中で狂ったように暴れ回った。計器に頭を打ち付け、ステラの銀色の身体を掻きむしろうと爪を立てる。


 ​「【不快指数、再上昇。清掃の継続を優先します】」

 ​ステラが再び指先から冷たい霧を放つ。

 シュッ、という微かな音と共に、バロウはそれを勢いよく吸い込んだ。


 ​「グホッ……ヒグッ、ハァ……オェッ」

 ​激しい嗚咽ののち、彼は鼻水を垂らしながら、糸の切れた人形のように椅子に沈み込んだ。瞳からは光が消え、呆然と口を開けて虚空を見つめている。


 ​「マスター、不法投棄物の沈静化を完了しました。……他に、この『資源』から聞き出したいことはありますか?」

 ​ステラの問いがスピーカーを通じて響く。


 フェリシアは震える呼吸を整え、映像越しにバロウを見据えた。聞かなければならないことは山ほどあるが、今、最も彼女の心を支配しているのは、あの残酷な嘲笑の真偽だ。


 ​「……ステラ。そいつに聞いて」

 ​フェリシアの声が、冷たく、重く、神殿に響く。

 ​「ヴァイス・クロイツ第一王子は……今、どこにいるの?」

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