第4話
「……ヴァイス・クロイツ王子か? オェッ、あの世界平和バカの塊だった男が、今じゃ地下の汚水溜まりで、自分の排泄物と見分けがつかないような顔して転がってるよ」
霧吹きによる精神安定ミストによって恐怖が麻痺し、完全な虚脱状態にあるバロウは、焦点の合わない目でステラを見つめ、鼻水を垂らしながら下卑た笑いを浮かべた。
「……かつての婚約者は砂漠で野垂れ死に、自分は地下で腐っていく。ちょうどいいじゃねえか。無能な公爵令嬢には、泥水をすする排泄王子がお似合いだ。あいつ、今でもあの女の名前をうわ言で呼んでるぜ? 『フェリシアを助けろ』……オェッ、ハハッ! 笑わせるよな、自分すら助けられないゴミの分際で……っ」
その言葉が、アストライオスの居住区にいるフェリシアの耳に届いた。
怒り。それはかつて彼女が抱いたことのない、静かで、燃え盛るような、純粋な殺意。
「……そう。よく喋ってくれたわね、ゴミ」
通信回線を通じて、氷点下の冷たさを帯びたフェリシアの声がコクピットに響き渡った。
「ひッ……?!フェリシア、の声……? ゲホッ、バカな、野垂れ死んでるはずじゃ……?!どこだ、どこから見てやがる……オェっ」
バロウは朦朧とした頭で絶叫した。ミストの効果で体は動かないが、本能的な戦慄が彼を襲う。死んだはずの「ゴミ」が、自分を裁く「神」のような高みから見下ろしている。その事実を悟ったとき、彼の瞳から光が消え、喉からは引き攣った嗚咽が漏れた。
「ステラ。その『ゴミ』を、適切な場所へ廃棄して」
【イエス、マスター……不法投棄物の排出シークエンスを開始します】
ステラの指先が動くと同時に、ハウンドの残骸を構成していた装甲が、生き物のように蠢き、バロウを包み込むように圧縮していく。
「あ、ア、アアアァァァッ!! くる、来るな……何だコレ、潰れる、潰れるぅぅぅッ!!」
金属がミシミシと音を立て、衣服や階級章、兵士としての誇りまでもが分子レベルで分解され、彼をピッタリと包むカプセルへと再構築されていく。肉体的、精神的な暴力にバロウの意識は完全に霧散した。口からは泡を吹き、瞳孔は虚ろに開き、彼はただの「ゴミ」として、その銀色のポッドに封じ込められた。
その場で、ステラの液体金属によるコンパクトな射出カタパルトの形成が行われた。
――シュウゥゥゥゥッ……ッ、ドォォォォン!!
夜明けの空を切り裂く轟音を上げた。
――同時刻、クレイトン王子の別邸にて。
クレイトン王子は、一睡もできぬまま私室を往復していた。
「……遅い! たかが死体を確認し、息の根を止めるだけに、いつまでかかっているんだ!!もう夜明けだぞ?!」
焦燥と苛立ちが爆発し、彼は熱いコーヒーカップを大理石の床へ叩きつけた。ガシャンッ! という鈍い音と共に、黒い液体が四散する。
「熱っ!? ……ギイイイアッ!!」
飛び散った熱湯がクレイトンの足の甲を直撃した。無様に蹲る彼に、扉を開けて現れたカミラが優雅に歩み寄る。
「あらあら、お見苦しいわね、クレイトン様。そんなに熱くならないで。頭まで茹で上がってしまっては台無しですわ」
カミラは献身的な婚約者を演じ、氷水に浸した布で彼の足を介抱し始める。だが、彼女の思考は別の場所にあった。
(……間に合わなかったのかしら。フェリシア様……)
その時、カミラの瞳が窓の外、尾を引いて降ってくる「光る点」を捉えた。
「……何か、降ってきますわ、よ?……えっ?!」
次の瞬間、銀色のカプセルが王宮の庭園へと轟音と共に墜落した。凄まじい衝撃で王宮内が騒然とした。
しかし、激しい土煙の中から現れたのは、全裸で泡を吹き廃人となったバロウの姿。
そして、ポッドの表面に深く刻印された、アルストロメリア家の紋章だった。
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