プロローグ後編

 鉄の匂いと、冷たい嘲笑。それが、私の五年間のすべてだった。


 ​王宮の白亜の演習場。青空の下、着飾った貴族たちが観覧席から見下ろす中で行われる「適性試験」。それが、アルストロメリア公爵令嬢であった私に課せられた、屈辱の定期行事だ。


 ​「……っ、あああッ!」

 ​指先から溢れた銀色の火花が、演習用ゴーレムの関節を内側から焼き切った。ガクンと膝をつき、力なく項垂れる鉄の騎士。頭部から上がる黒煙が、私の絶望を象徴しているようだった。


 ​「またか。……全く、救いようのない『壊し屋』だな。アルストロメリアの血筋も、貴様の代で腐り果てたか」

 ​観覧席の最前列で、第二王子クレイトンが嘲笑を浮かべていた。


「これ一体にどれだけの『リキッドマナメタル』が使われていると思っている。王国の至宝をこうも無意味に壊すとは……。貴様のマナは、もはや存在自体が罪だ」

 ​クレイトンの罵倒が突き刺さる。私は項垂れうなだれ、自分の震える手を見つめるしかなかった。


 ​「……申し訳、ございません。でも、どうしても制御が……」

 ​「言い訳は聞き飽きた。貴様が『無能』であることは、もはやこの国の常識なのだからな」


 どうして。どうして、私にはできないの?

 お父様のように、お母様のように、優しくゴーレムに語りかけ、命を吹き込みたいだけなのに。私の指先から流れる魔力は、触れるものすべてを内側から引き裂き、無残な鉄の塊に変えてしまう。

 ​私は、生まれながらの『欠陥品』なのだろうか。


 ​「フェリシア様、もうお止めなさいな」

 ​その時、柔らかな声と共に、温かな温もりが私の肩を包んだ。

 カミラ・ファルケンベルク。五年前、孤独になった私を「親友」として支え続けてくれた、唯一の光。


 ​「クレイトン様、フェリシア様をあまり責めないであげてください。彼女が一番、自分自身の力を悲しんでいるのですから」

 ​カミラは悲しげに瞳を伏せ、慈愛に満ちた表情で私を庇った。


「いいのですわ、フェリシア様。貴女がわざとやっているのではないことは、わたくしが一番よく知っています。……さあ、顔を上げて?」

 ​彼女の微笑みは、聖母のように清らかだった。クレイトンも鼻を鳴らして視線を逸らす。周囲の冷ややかな視線を浴びながら、私はカミラに支えられるようにして、逃げるように自分の部屋へと戻った。


 ​王宮の隅にある、陽の当たらない小さな部屋。

 部屋には、かつての栄華を思わせる調度品がいくつか残されている。五年前、王宮が陥落したあの日。燃え盛る炎の中で父と母を失い、絶望の淵にいた私を「保護」してくれたのはカミラの父、ライノルト・ファルケンベルク公爵だった。


 ​当時は混乱の最中で、何も分からなかった。執事のクロムが何をし、ライノルト公爵や周囲の大人たちが何を語っていたのか。ただ、彼らの底の見えない笑みや、事務的な振る舞いに、子供ながらに恐怖を感じたことだけを覚えている。


 ​皮肉なことに、今の私の暮らしは保障されている。

 三度の食事と、清潔な衣服。病めば薬が与えられ、毎日ゴーレムの起動実験という「役割」も与えられている。飢えることも、凍えることもない。

 ​けれど、この保障された日々は、まるで出荷を待つ家畜に与えられた猶予のようで。


 ​「……はぁ、はぁっ……」

 ​ドアを閉めた途端、激しい眩暈に襲われ、私はテーブルに縋り付いた。

「ゲホッ、ゴホッ……!」

 ​喉の奥からせり上がる熱い塊を吐き出すと、手のひらにはどろりとした鮮血が広がっていた。


 ……まただ。

 最近、身体の芯がずっと冷たく、指先ひとつ動かすのにも鉛のような重さを感じる。

 ​テーブルの傍らには、カミラが「身体に良いから」と毎日欠かさず届けてくれる薬と、一杯の水。

 私は震える手でその薬を口に含み、水で流し込んだ。


 ​「ヴァイス様……」

 ​薬の苦味が広がる中、一度も呼ぶことの叶わなかった名を零す。

 婚約者だったヴァイス様。あの日を境に、彼は私の前から姿を消した。一度も顔を合わせられぬまま五年が過ぎた。彼もまた、私に愛想を尽かしてしまったのだろうか。


 ​鏡に映る今の私は、頬が扱け、肌は不健康なまでに青白い。かつて「銀色の宝石」と愛でてくれた髪も、今では艶を失っている。


 ​(ああ……もう、疲れてしまいましたわ……)

 ​意識が遠のく中、私は椅子に身体を預けた。

 このまま、何もかもを忘れて、深い闇の底へ落ちてしまいたい。


 ​――だが。

 死を待つだけの私の意思とは無関係に、身体の奥底で、銀色の火花がチリ、と小さく爆ぜた。

 ​それは、私を蝕む毒すらも糧にして、静かに「その時」を待っているようだった。

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