ゴーレムすら扱えない無能と追放された悪役令嬢、伝説の神機を起動する〜掃除機以下の軍隊で私を連れ戻せると思いましたか?〜
ましゅまろぽてち
プロローグ 前編
それは、今思えば残酷なほどに輝かしい、最後の日々だった。
アルストロメリア城の奥深くに広がる、一年中星のような小花が咲き乱れる庭園。9歳のフェリシアは、幼馴染であり隣国クロイツ王国の第一王子、ヴァイス・クロイツと並んで座っていた。
「……また、失敗してしまったわ」
フェリシアの目の前で、訓練用の小さな小型ゴーレムがバチバチと火花を散らし、黒焦げになって停止していた。彼女が動かそうと魔力を流すと、決まってこうなる。優しく動かしたいのに、彼女の内側から溢れるマナはあまりにも激しく、既存のゴーレムの回路を焼き切ってしまうのだ。
「いいんだ、フェリシア。君の力は、きっとまだ眠っているだけだよ」
ヴァイスは優しく微笑み、彼女の小さな手を包み込んだ。彼は、フェリシアの両親が日に日に痩せ細り、城の活気が失われていくことを、子供ながらに深く憂慮していた。
「アルストロメリアの守護が弱まっていると、父上たちが話しているのを聞いた。……でも、心配いらない。僕が強くなって、君を、そしてこの国を守る騎士になる。だから――」
ヴァイスは少し照れくさそうに、けれど真剣な瞳で彼女を見つめた。
「将来、僕と結婚してほしい。僕が君の盾になれば、君は無理にゴーレムを動かさなくてもいい。君は、この綺麗な花の中で笑っていればいいんだ」
「ヴァイス様……」
それは、制御できない自分の力を「呪い」のように感じていた少女にとって、唯一の福音だった。二人は、満開の花の下で、幼い婚約の誓いを交わした。
その時、遠くで父の激しい咳き込む音が聞こえた。庭園を囲むように立つ、数体の巨大なガーディアンゴーレムたちは、夕日に照らされて静かに彼らを見守っているように見えた。
――それからわずか一年後。あの誓いは、炎と鉄の匂いの中に消えた。
十歳になったフェリシアが目にしたのは、悪夢そのものだった。本来なら国境のゴーレムが一掃しているはずの隣国の、それも人間の騎士団部隊が、なぜか城門の前まで迫っている。
「……くっ、動け! なぜだ、なぜ繋がらない……!」
玉座の間で、父が吐血しながら制御装置を叩いていた。かつて最強の魔導師と呼ばれた父の体は、今は枯れ木のようだった。
「無駄ですよ、公爵閣下」
背後から響いたのは、フェリシアを赤子の頃から知っているはずの老執事、クロムウェルの声だった。彼は解毒薬ではなく、不気味に明滅する黒い魔石を手にしていた。
「貴方の祖父の代から、我々はこの日のために『マナを霧散させる毒』を食事に混ぜ続けてきました。三代。三代かけて、貴方たちの強大な血筋を、内側から枯れ果てさせたのです。ゴーレムを壊す必要などない。それを使う人間を病ませれば、この城はただの石の箱だ」
「貴様……隣国の……スパイだったのか……!」
父の叫びは、虚しく響いた。最強の盾であるゴーレムたちは傷ついていない。ただ、それを使うマスターだけが、数十年かけて着実に破壊されていたのだ。
しかしその光景を、幸か不幸か、フェリシアが見てしまっていたのだ。
「お父様……クロム?何を、しているの?お母様は?」
「!!フェリシア……逃げるのだ……!」
父が最後に振り絞ったマナが、フェリシアの足元に魔法陣を展開した。
「ッ、 お父様!」
振り返った瞬間、視界に入ったのは、動かぬまま炎に包まれるガーディアンゴーレムの列と、力尽きる父の姿だった。
――強制的に隠し通路へと転移させられたフェリシアは、暗い石造りの道を一人、必死に走っていた。
「……大丈夫。ヴァイス様が、きっと助けに来てくれる……」
通路の出口から漏れる月光を目指し、彼女は転びながらも外へと飛び出した。
「ヴァイス様……!」
しかし、そこに広がる光景は、彼女が夢想した「騎士様による救出」とは程遠いものだった。
森の入り口、そこには数十人の完全武装した兵士たちが、まるで「獲物」が飛び出してくるのをあらかじめ知っていたかのように、整然と半円を描いて待ち構えていた。
「……あ……?」
そこにいたのは、父を裏切った隣国の黒い軍勢ではなかった。松明に照らされていたのは、眩いばかりの【黄金の冠を戴く双頭の鷲】――クロイツ王家の紋章が刻まれた輝く鎧。
「クロイツの、兵士……? 助けに、来てくれたの……?」
フェリシアが安堵から一歩踏み出そうとした時、彼女の目はある「異様な装飾」に釘付けになった。兵士たちの中心に鎮座する巨大な馬車。その扉には、王家の【双頭の鷲】と並び、【銀の盾に絡みつく、黒い茨の薔薇】――ファルケンベルク公爵家の紋章が組み合わされていた。
「ようこそ、アルストロメリアの『鍵』の娘よ。待っていたぞ」
馬車から降りてきたのは、豪奢な甲冑を纏った貴族騎士――ライノルト・ファルケンベルク公爵だった。その腰には一振りの長剣が差されており、鞘には銀細工の禍々しい薔薇の意匠が施されている。
「ヴァイス様は……? クロイツの王子様は、どこ……?」
震える声で問うフェリシアに、ライノルト公爵は甲冑の籠手を鳴らし、恭しくも冷淡な笑みを浮かべた。
「ヴァイス王子か。……ああ、あの心優しき王子には何も知らせていない。あのような清らかな少年に、この酸鼻極まる光景を見せるのは忍びないからな。安心しなさい、我らも君を助けに来たのだ。クロイツ王家と我がファルケンベルク家が手を取り合い、君を保護することを約束しよう」
ライノルトは一歩、また一歩と、慈悲深い保護者を演じるように近づいてくる。
だが、その背後ではクロイツ家の騎士たちが、逃げ場を塞ぐように槍を構え直していた。助けに来たと言うのなら、なぜ武器をこちらに向けているのか。なぜ隣国の軍勢を追わずに、ここで私を待っていたのか。
フェリシアの直感が、その異様な光景に拒絶反応を示した。
ライノルトの腰に差された薔薇の鞘が、月光を反射して蛇のように光る。
「……こないで。嘘よ……嘘よ、そんなの!」
フェリシアは後ずさり、その場に崩れ落ちた。
兵士たちの鎧の金、鞘の薔薇の銀。美しく装飾されたその輝きは、救済の光ではなく、彼女の両親を毒で殺し、自分を「生きた鍵」として捕らえに来た者たちの、醜悪な欲望の証だった。
「いや……いやあああああああッ!!」
少女の悲鳴は、夜の森に虚しく消えた。彼女を包み込んだのは、ヴァイスの温かな手ではなく、薔薇の茨が彫り込まれた冷たい鉄の手枷だった。
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