第4話

 娘の登校を見送った後、私も初めてのパートへ自転車で出発した。道の駅でのレジ打ちと品出しで、娘が学校にいる間の一日四時間ほどの勤務となる。


 仕事を私の母くらいの年代の中村さんに教えてもらいながら、なんとか午前中の忙しい時間を乗り切った。


 十二時を少し過ぎたところで客足が途絶えのを見計らい、社交的な雰囲気のする中村さんが喋りかけてきた。


「どう? 少しはここの暮らしに慣れた?」

「ええ、どうにか。古くて使えない場所は自分たちで直しているので、ゆっくり暮らせるのはまだまだ先になりそうですけど」

「あらぁ、すごいわね! あ、そうだこれ。売れ残りなんだけど、ここの名物のミカンで作った飴よ。どうぞ、後で食べてね」

「ありがとうございます」


 少し談笑した後、会話が途切れた。すると、彼女は周囲に人がいないのを確認して声を潜める。


「あなた達が買った家、昔は裕福な一家が住んでいたんだけど、犬神筋の嫁が来てから潰れちゃったのよ」


 突然の話題に困惑する。

 

「イヌガミスジってなんですか?」

「犬神を使う家系のことよ。相手を祟り殺すの」


 強い言葉に思わず眉をひそめたところで、お客さんがやって来た。混雑はしないがお客さんが常に店内にいる状態が続き、私は中村さんとそれ以上会話できずに退勤となった。


 彼女の言葉が気になったので、ロッカールームで犬神という言葉を検索する。


 犬神は女性に代々伝わる、嫁いだ先も犬神筋になるため忌み嫌われる、犬神筋の者に恨まれると不幸が訪れる──


 ザッと目を通した限り、不吉な言葉ばかりが目に付く。


 迷信なんて気にする方ではないが、家で起こる違和感が頭を過ぎって、思わず溜息が漏れた。


 その夜、娘が寝静まった後に夫に中村さんから聞いた伝えてみた。


「そういえば俺も同じような事を聞いたよ。嫁さんが犬神筋であることを隠して嫁いだらしい。バレて怒った家族が嫁さんをどこかに閉じ込めたから、犬から恨みをかって一族根絶やしになったとか」

「酷い事をするわね。迷信なんて信じてお嫁さんを閉じ込めるなんて」

「本当だよ。旦那は何してたんだって話だ。俺が同じ立場だったら、家族と絶縁してでも庇ってやるのに」


 彼なら本当にそうしていただろう。熊みたいに体が大きくて、見た目も中身も頼もしい。


「ねぇ、離れの床下にあった貯蔵庫みたいなのも気になるわ。不動産屋さんに聞いてみた?」

「あぁ。あれな。不動産屋は知らないそうだ。床下までは確認してなかったってさ」

「そっか……」


 翌日、パートが休みで家で一人になった私は、離れで作業をしていた。不意に金槌が手から抜けて、まだ床板で塞いでいない木の枠組みから地面へ落下してしまった。


「あーあ……」


 面倒だが、一度屋外に出てから暗い床下を覗き込む。金槌が見えるが、這って進まないと取れない位置にあった。


 虫がいたら嫌だなと思いながら床下に潜り込み、砂利の上を匍匐前進ほふくぜんしんする。


 コートを着ているので肘はそれほど痛くないが、膝は衣服が薄いので石の固さと冷たさがダイレクトに伝わってきた。金槌を掴んだ時には腕がだるくなっていた。


「疲れた……」


 狭すぎて方向転換できないので、後ろに目をやりながら少しずつ来た道を同じ体勢で戻る。しかし、無理な体勢で首が痛くなり、顔を前に一度戻した。


 すると、手を伸ばせば届く距離に、顔を伏せた乱れた髪の女性がいた。季節外れの半袖からのぞく腕は、骨が浮き上がるほど細い。


 声にならない悲鳴をあげた私は、反射的に身を起こして天井に頭をぶつける。数秒前まで、彼女は絶対ここにいなかった。


「いつの間に」


 自分の心臓の音が聞こえそうなほど、激しく脈打っている。不気味な音が彼女の方から聞こえて来た。うなり声だ。


 悪寒と鳥肌が止まらない。


 女性の頭が小刻みに揺れる。私は体をあちこちぶつけながら必死に後退し、あと一歩で外に出るという瞬間、彼女の首がボトッと落ちるのを見た。


 悲鳴を上げた私は床下を飛び出し、よろける足で家の外へ逃げた。


(続く)

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