第4話 祝福のかたち

 ――オギャア、オンギャア


 腹が裂けるような痛みに耐えた。陣痛から三時間をかけ、ようやく生れ出た我が子は元気な泣き声を上げる。


「元気な女の子さね」


 近くに暮らす産婆のローズが赤子の首とお尻を支え、私にみせてくれた。


「ああっ……」


 自分の腹の中にいたとは思えない、愛しくて、可愛くて、か弱い存在。


 目の前に生まれたばかりの我が子がいる。


 でも、うまく言葉がでてこない。


「ほれ、手を出しな」


 触れるだけで壊れてしまいそうで怖い。だけど、とにかく愛しい。


 ローズは優しく抱いた赤子を、そっと私の手の中に置いた。


 まだ産湯にも浸かっていないから血だらけ。


 そんなことも気にせず、私は胸元まで引き寄せて我が子を抱いた。


 我が子が無事生まれたことで、心が満たされていく。


「生まれたか!!」


 大きな声でマルスが入ってきた。


「騒がしいねえ。少し待ちな」

「男か? 女か?」

「女の子さね。さあさあ、産湯に浸かって綺麗になるまで男は外で待ちな」


 ローズがマルスを追いだした。廊下で不満を口にするのが聞こえてくるが、もう少し待ってくれればそれでいい。


「アネッサ、おめでとう!!」

「ありがとう」


 どうやらマルスと共にリリアも部屋に入ってきていたようだ。


 リリアはベッドに横たわる私のもとにやってきた。優しく「おつかれさま」と呟き、私の頭を撫でてくれた。その手が僅かに輝いたような気がする。


「あんた、女なんだから少し手伝いな」ローズが濡れた手ぬぐいを差し出し、「まずは汗を拭いて、着替えを手伝う!」

「はいっ」


 慌てて手拭いを受け取ると、リリアは私の額から順に拭きはじめた。


 痛みに耐え、何度もいきむことで私の体は汗だくだ。そのうえ、破水し、出血もしているのだから着ていた服はとても汚れている。


 リリアが持つ手拭いが温かくて気持ちがいい。陣痛に寝ることもできず、出産の痛みに耐えて疲れた体が解れていった。


「母親になった気持ちはどう?」

「……そうねえ」


 さっきまであの子が自分の腹の中にいたことを想像できない。でも、自分の腹は既にぺたんこだ。


「不思議、かな」

「生命の神秘だよね」

「うん、それ!」


 私には浮かびもしなかった言葉がリリアから飛び出した。私は思わずその言葉にのることにした。


 リリアは満面の笑みで頷いた。


 リリアが私の全身を拭き終えるころには、私の愛しい娘が産湯から出てきていた。まだへその緒がついているけど、柔らかい布に包まれ、おとなしくなっている。


「ほら、おっぱいを吸わせてやりな。まだ出るわけじゃないけど、吸わせないと出てこなくなるからね」とローズが言う。


 私は娘を受け取り、着替え中ではだけた胸元に抱き上げた。


 乳首を咥えた娘が吸う力は思いのほか強い。この小さな体のどこにそんな力があるのだろう。


 でも、その小さな体の、小さな横顔。それが愛しくて、可愛くてしかたがない。


「何もかもがもう、すごく幸せ!」


 気づけばそんな言葉が漏れていた。


「そんな二人を見てるのも幸せだよ」


 着替えの右袖に私の右腕を通しながらリリアが言った。


「何度見てもいいねえ。子を取り上げるたびに思うんだよ。この仕事をしていてよかったってね」


 ローズも満足そうな顔をして、私たちを眺めている。


「ありがとうございました」

「仕事だよ、し・ご・と」


 リリアがローズに握手を求めた。ローズは照れ隠しのために仕事だと言ったけど、リリアの手を握る顔は誇りと、喜びにあふれていた。


「さて、産湯も終わったし、着替えも済んだ。男どもを入れてやろうじゃないか」


 ローズが扉をあけて、男たちを部屋に招き入れる。


 最初に入ってきたのはマルスだ。


「俺の可愛い娘!」


 娘を抱きしめようと思っていたのか、両手を広げて声をあげた。


「もっと静かにしてよ」


 リリアが怒気を含んだ小さな声で、マルスを叱る。


 娘はリリアの乳首を吸い付かれたのか、今にも眠りそうになっていた。


「す、すまん……寝顔もかわいいな」

「マルスもおめでとう!」

「おう、ありがとうな」


 マルスとリリアが小さくハイタッチを交わした。

 ふわりとリリアの手が光った気がした。


「じゃあ、私はこれくらいにして帰るね。帰りにアリスには伝えておくから」

「うん、ありがとう」


 去り際にリリアはそっと娘の額にキスをした。


 淡い光が娘の額に浮かぶ。


 未だにリリアが授かったスキルが何なのか知らない。


 だけど、「おめでとう」と祝ってくれるたびに、彼女の手が薄らと輝くのを見てきた。


 聖女と呼ばれるのだから、あの輝きと共に祝福が授けられるのかもしれない。


 そんなことを考えつつ、リリアを見送る。


 部屋を出たリリアが少し開いた扉から顔だけ出して言った。


「ほんとうに、おめでとう」

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