第4話 妖の恋
ある村の山奥に狐火神社という古びた神社があった。
そこは人の訪れも少ない村人からも忘れ去られている小さな神社だった。
その神社で、毎日何かを真剣に祈っているひとりの年若い女がいた。
女が、いつものように願いをかけていると
「そんなに祈っても、何も起こらんぞ。」
突然、上から声がした。女が見上げてみると、神社の屋根には男の姿があった。
ただし、男の耳はピンと立ち黄色い尾が九本生えていたことから人間ではないことがわかる。
男は軽やかに屋根から飛び降りて、女の前に降り立った。
「あなたは誰?」
「ん?俺を怖がらないのか?変な人間だな。まぁいい。俺は
「あなた妖怪ってこと?」
「ああ。怖いか?」
「全然。何?あなたは私を怖がらせたいの?それより、名前火狐って呼んでいい?」
火狐は目を丸くした。
これまでは人間に見つかったら怯えられ、逃げられ攻撃されもしたというのに。
「貴様は本当に変な人間だな。呼び名は好きにしろ。」
それから女は、火狐の元へ訪れるようになった。
女の名前は
今日も凜の呼ぶ声が聞こえる。
「火狐~どこ~?」
火狐は屋根からひらりと飛び降りると
「なんだ?」
「今日は庭で、秋桜が咲いてたから持ってきたの。」
凜は黄色い秋桜を手渡す。
「秋桜?」
「うん。火狐にあげる。」
「なんでくれるんだ?」
「特に理由はないわ。ただ、綺麗だなと思ったから。火狐にも見せたくて。」
凜はそう言って微笑んだ。
その笑顔に火狐の心がざわつく。
それは、嫌な気分ではなく、逆に心地よかった。
「…どうも。」
「火狐と同じだね。」
「同じ?」
「火狐と同じ黄色だから」
その時風が吹いて、手元の秋桜が揺れた。
その秋桜を見て凜は微笑んだ。
「きれいだね。」
そんな凜から火狐は目を反らすことができなかった。
「凜は何で髪を結わないんだ?」
凜と狐火神社で会うようになって、二ヶ月ほど経ったとき、ふと訊ねてみた。
凜は肩くらいの髪を持っているが、その髪が結われているのを見たことがなかった。
村の同じ年頃の娘達は皆髪を結っているのが普通だ。
「私、手が不器用だから上手く結えなくて、それに髪飾りとか買えないし、女っぽくないからせめて髪は伸ばしてるんだけど……やっぱり変だよね。村の子達にも言われる……」
凜はそう言って悲しそうに笑った。
凜の黒髪は日の光を反射して、キラキラ光っていた。
「変なんかじゃねぇ。」
「え?」
「凜は、変じゃねえよ。このままでいい。これがお前だ。」
すると凜は目を丸くして、火狐を見ていた。
「そんなこと、今まで言われたことなかった。
火狐…ありがとう。すごく嬉しい。」
凜は、柔らかく微笑んだ。
その様子を見て火狐も嬉しくなって一緒に笑った。
火狐の尻尾は自然に揺れていた。
凜が狐火神社に来るようになって、五ヶ月が経とうとしていた。
「火狐の手って大きいわね。」
凜は神殿の階段に座って、火狐の手と自身の手を合わせた。
「爪も長い。」
「おい、あんま触んな怪我するぞ。」
「大丈夫。大丈夫。火狐は人を傷つけたりしないから。」
「そんな根拠ねぇだろ。」
離れようとすると凜がしっかりと手を繋いできた。
火狐は驚いた。
「凜の手は小さいな。」
「妖怪のあなたにとってはね。」
「すぐに折れそうだ。」
火狐はそう言いながら、自身の爪で凜を傷つけないように、優しく手を握る。
妖怪の火狐と人間の凜。
手という体の一部分でも、種族の違いを教えられている気がしてこうして一緒にいる事が、奇跡のような気がしてならない。
人間に声をかけたのは、火狐の暇潰しだった。
何千年と生きている火狐はなんの感情もなく、妖と人の世をただ生きているだけだった。
たまたま見かけた人間に気まぐれで声をかけた。
それだけだ。
しかし、このきっかけがこんな、感情をもたらすとは思ってもいなかった。
凜は変な人間だった。
妖怪の火狐を怖がりもせずにいつも、火狐のもとを訪れる。
村にいても相手にしてもらえないと、悲しそうに言った凜の顔を火狐は忘れられないでいた。
凜の笑顔を見たときに、火狐は自分だけにその笑顔を向けてほしいと思ってしまった。
いつの間にか、火狐は凜に恋をしていた。
「火狐は折ったりしないよ。」
「え?」
「だって、こんなに優しくて暖かい。私、火狐の手も火狐も大好きよ。これからも一緒にいたいな。」
そう言った凜の顔は今まで見たことなない、女性の顔をしていた。
その顔を誰にも見せたくなくて、凜を抱きしめた。
「ああ、俺もだ。凜、俺の妻になってくれないか?」
そう言うと、凜はとびきりの笑顔を火狐へ向けた。
一緒にいたい。
凜は、火狐が数千年生きて唯一愛した女性だった。
「明日の満月の夜ここに来てくれ。明日の夜二人で夫婦になろう。」
そう言うと、凜は嬉しそうに笑って
「じゃあ、白無垢を着て行くわ。両親が唯一残してくれたの。二人で夫婦になりましょう。」
けれども、凜は満月の夜を越えてもなかなか現れない。
火狐はただただ待ち続けた。
凜の白無垢姿が楽しみで仕方なかった凛と夫婦になれるということに心が踊っていた。
手には、空色の簪を持ちながら、闇に浮かぶ綺麗な黄金の月。
凜にもはやく見せてやりたいと、思っていたその時、背中にトンと重みがかかった
「凜?」
後ろを振り向こうとするが、凜に止められた。
「なんだ?恥ずかしいのか?」
「う、ん。な、れないのき……たから恥ずかしい。」
可愛いなと視線だけでも、向けようとしたら、服を掴まれる。
「ねぇ……火狐……私やっ、ぱり火狐と、いけ、ない みた い いっ しょに、いたかった な 」
「凜?何言って。」
凜はこんなに弱々しかっただろうか?
急に違和感を覚えた。
凜の生命が徐々に弱くなっている気がして慌てて振り向く。
「り……ん?」
目の前の凜は白無垢姿でとても似合っていた。
しかし、眼は虚ろで口からは血が流れている。
「凜!!」
凜を抱き止めてみると、凜の体には、何本もの矢が刺さっていた。
血がドクドクと溢れて止まらない。
「凜!誰にやられた!」
火狐の周りには狐火が現れる。
「火狐、ダメ………私が…好きな…火狐は…人を…傷つけ、たり、しない。」
「誰だ………凜、嫌だ……」
「……火狐……聞いて私ね、後悔は、してないの、火狐から、夫婦になろうって、言われたとき、とても、嬉しかった来世って、いうのが、あったら、また、火狐と会いたいな。」
「凜……俺を、置いてくなよ、俺は、お前がいなかったら、また、ひとりに、なっちまう。」
火狐の視界が涙で滲む。
凜は手を火狐の頬に合わせた。
火狐は上から凜の手を優しく重ねた。
「……泣かないで。」
凜は、泣きそうな笑顔で微笑み静かに目を閉じた時、凜の手が火狐の頬から滑り落ちた。
その夜、1つの村が炎に包まれた。
今日は高校の卒業式。
もう卒業式は終わったので、後は皆思い思いに感傷に浸っていた。
「白川は行かなくて良いのか?」
突然、隣の男子がそう言って来た。
意図がつかめずにいるとそれを察した男子が窓の外を指差す。
校門前にたくさんの女子生徒がいた。
「あれ何?」
「いや、何でも校門前に
すっごいイケメンがいるとかで
女子達が詰めかけてるんだとよ。」
「そうなんだ。」
何気なくその様子を見ていると、その校門前に立っている男子と視線があった。
その目はまっすぐに私を見ていた。なんだろう。
私はあの人を見たことがある。誰だったか。
私の知っている瞳。
優しくて…楽しくて……悲しい瞳。
途端に、今まで感じたことがない頭痛がすると同時に映像が流れ込んできた。
神社……秋桜……満月………
そして………泣きそうなあの人。
あの人は暖かくて優しくて、私の大切な愛しい人……名前は………火狐。
全部思い出した。
私は記憶を取り戻すと同時に、鞄を引っ掴み、教室を飛び出す。
途中の同級生や先生の声も何もかも聞こえず、ただ火狐の元へと急いだ。
校門前に着くと、人混みを掻き分けて行く。
すると、急に誰かから抱き締められる
「凜…やっ……と、会えた……」
嗚咽混じりにたどたどしく伝えられたそれは、私が知っている声で、目の前にいたのは、火狐のやさしい瞳をした人。
「もう……絶対に離さない。」
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