第5話 月見酒

今夜は十五夜。

暗い空にぽっかりと浮かぶ黄金の月。

それは真っ暗な空のただ一つの明かりとなり、辺りを照らしていた。


俺達はそんな月を見ながら縁側で月見酒をしている。

「……お前と酒を飲める日が来るとはな……」

横から、酔った父の声が聞こえた。

「……俺は父さんとずっと飲みたいと思ってたよ…」

「そうか……で、今夜の酒はどうだ?

奮発したんだぞ?」

「……美味しいよ。でも、思ったより緊張しているのかな……ごめん。よくわからないんだ。」

「…………そうか。まあ、いいさ。

本当に……今夜はいい月だな…


そういえば、お前は子供のときに

よく月に兎を捕まえに行くとか、

宇宙飛行士になるとか言ってたな。」


いつも、昔話なんかしない父がそんな話をするなんてと俺は驚き、喉から変な音がした。

返事がない俺のことが気になったのか父がこっちに顔を向けた。

見なれた厳つい顔には、酒のせいか赤みがかかっている。


「……父さん、いつもより酔ってるでしょ。」


やっとのことで、口から出たのは不貞腐れたような言葉だった。


「そうかもな、俺なりにお前が結婚する事も、お前と酒を飲んで語らう事も、嬉しいんだ。」


いつも寡黙で厳しい父親が結婚する事も、一緒に酒を飲む事も嬉しいと思っていた事を俺は知らなかった。


急にそんなこと言われても、どうしていいか分からないし、顔が一気に暑くなる。

きっと俺の顔は真っ赤だろう。

酒の赤みで隠れることを願いながら、ごまかすように手元の酒をあおった。


「……明日の……挨拶……たのんだよ。」


恥ずかしさを隠そうとぶっきらぼうにそう言った。父は驚いた顔をしたが、


「おう。」と力強く返された。


─────────────────


縁側に一人の男の姿があった。

さっきまで一緒に飲んでいた息子は

明日のためか、早々に奥へ戻っていった。

男はゆっくりと酒を飲みながら、昔のことを順に思い出していた。

そして、不意に月を見上げると柔らかく微笑む。


「酔ってるふりをしないと、本音なんてなかなか言えないな………母さん………あいつ…立派に育っただろ?俺もいい父親になっただろ?


…あいつと俺のこと、まだまだ見守ってくれよな。」


そう言うと、庭の草がひときわ強く風に吹かれ波のように揺れた。

それが妻の笑い声のようで、男はなんとも言えない気分になり、酒を呑み込んだ。

男の目の端には光が滲んでおりその姿を、夜空の闇と浮かんでいる月だけが全てを見ていた。

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2026年1月11日 17:00
2026年1月12日 06:00
2026年1月12日 08:00

短編集 和楽 詩 @waraku_uta

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