第10話 真相


 深く、深く。

 地下のさらに奥で、彼らはただ一心に念じていた。


 世界は――穢れている。


 悪しき者ほどのさばり、正しき者が報われない。

 真面目に生きる者達が弱者となり、蹴落とされていく。


 だから自分たちは苦しみ、不幸となった。


 ならば、願わねばならぬ。

 世界が清められることを。


 すべての人が等しく救われ、笑って暮らせる楽園を。

 我らのような奪われし者に、救いの手を差し伸べる存在を。


 我らの教祖を――救世主を。


 彼らは念じ続けていた。

 正しき者に、正しき幸せを。


 心の底から、一人の少女を想いながら。


 少女こそが、最後の犠牲。

 その身を器として救世主を生み、世界は再臨する。

 それがはじまり――最初の奇跡。


 その時が来るまで、"一身に念じよ"と命じられていた。


 その光景を、モニター越しに見つめる目があった。

 信者たちを監視し、導き、正す者。

 教官という身分だが、実質的な立場は教祖となる。


「もうすぐだ……」

 彼は、歓喜を宿した声で呟く。


「あと少し。それで、我らの大願は成就される」

 男もまた、彼らのように手を組み、祈る。

 救いを、使命を、全世界の幸福を。


 その時、扉が乱暴に開かれた。


 何かが、転がって来る。

 転がり込んできたのは、意識を失った見張りだった。


 続いて、ガラの悪い男が姿を現した。


「おう、邪魔するで」

「ええ、どうぞ。我が教団は、何人も拒みませんとも」

「ほな、この子もええな? ……ほんまは、来てほしゅうなかったんやけど」


 しかめっ面な男の背後から、少女が姿を見せる。

 教祖は目を丸くさせ驚いた。


 見間違えるはずがない。

 彼女は、救世主の母として選ばれた少女だった。


 その少女が、こちらを見て静かに呟く。


「……お父さん」

 悲しそうな顔で、少女は実の父を見つめていた。




 それは、本当に偶然だった。


 この時点では、母は教団との繋がりは何もなかった。

 本当に偶然、弱った人間を狙う教団の資金集めである『ぼったくり紛いのバー』に入り浸った。

 ただそれだけ。


 その教団の下部組織として使われていたバーに雅さんの部下が押し入って、電撃的な速度で資料をパクリ、そのまま本部の場所が割れた。

 同時に――今回の、本当の黒幕も。


 その人物は、今私の目の前に立っている人だ。


「ほんまに胸糞悪い話や。俺らも社会のゴミみたいな悪党やけど……あんたには敵わへんわ」

 雅さんは、私を庇うように前に出て、そう吐き捨てた。


「……お父さん。私たちが家族だったことも、全部、嘘だったんだね」

 父だった人は、何も言わずそっと顔を背ける。


 この人は、私の家族になるよりずっと前からトライス教団の人間だった。


 どうして私が――。


 そう思わなかった日はない。

 けれど、違った。

 逆だったのだ。


 私は選ばれたのではない。

 私は、救世主の母となるために用意された。

 そのためだけに、生み出されていた。


 教団の資料からわかったことなのだが、母はそれなりに由緒ある家の出だったらしい。

『鹿倉』という姓は『神楽』を語源とし、オカルト的な素養を持つ家系だとか。


 特に鹿倉家は女性の方が霊的な結びつきが強く、過去には予知能力を持つ者もいたとかどうとか。


 正直言えば、どうでもいいし胡散臭いことこの上ない。

 少なくとも、私にも母にも、そんな力はなかった。


 けれど、トライス教団彼らにとってその話は、とても大切なことだった。

 眉唾な伝承を信じ、そして母の血筋を利用しようと考えた。


 母は、嘘つきの父に騙され、駆け落ちという形で家を出た。

 そして、彼らの思惑通り――私が生まれた。


 私は最初から、救世主を生むための駒でしかなかった。


「……ま、どっちにせよ、これで終わりやな」

 雅さんはそう言って、父に拳銃を向ける。


 威嚇ではない。

 引き金には、すでに指がかかっている。


「待って! 撃たないで!」

 縋る私に、雅さんは静かに首を振った。

「こんなん見なあかんさきちゃんには悪いとは思とる。けど、こいつにはケジメを――」

「違う! 殺したら、悪化する!」

「――なんやと?」

 その言葉を聞いた父は、にやりと笑い、両手を広げた。


 信仰宗教において教祖という存在は、殉職者となることで完成する。

 それは、さながら信仰という炎にくべる薪のように。

 そうなれば、信者を止めることは出来なくなるだろう。


「覚悟はできています。どうぞ、私を犠牲にしてください」

「お前――」

「世界が救われるなら、私一人など些事です。違いますか?」

「……お父さんも、私と同じなんだね。目的のために作られた、道具」

「いいえ」

 父は、はっきりと言った。


「私のような末端、つまり使い捨てと……集大成である紗季。同じであるわけがないでしょう」

 そう告げる父は、本当に誇らしそうに私を見つめていた。

 昔、私がテストで百点を取った時と同じように――。

 それが、本当に悲しかった。


「……雅さん。お願いがあります」

「何や?」

 私は念のため、父に聞こえないよう、雅さんの耳元で囁いた。


「マイクを探して下さい。たぶん、どこかにあるはずです」

「……ようわからんが、了解や」

 雅さんは拳銃を父に向けたまま、ゆっくりと部屋を見回し始めた。

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