第9話 雪崩

「……女の子を犠牲にせなあかん世界なんて、滅んだ方がええやろ」

 吐き捨てるように、雅さんは言った。

「救いたいのは、世界じゃなくて自分達なんでしょう。……たぶんですけど」

「せやろな。本気で世界を救いたい奴は、他人に押し付けへん。医者にでもなって、自分で動いとるわ」

「……そうかもしれませんね」

「それで、どうする?」

「私の推測が正しかったとしたら……今起きていることは、多くの人が“私から生まれる”と信じた結果です。だから、本当は――信じるのを止めてもらうのが一番なんですが……」

「――さきちゃんのためやったら、屑を何人殺しても気にせんで? むしろ街が綺麗になる。善行やろ?」


 笑っているのに、目は笑っていなかった。

 本気の目だった。


「……良い人より、悪い人を好きになる気持ち。ちょっとだけ、わかるかも」

「ん? 何か言うたか?」

「いえ、何でも。出来ればその手段は避けてほしいですけど……それ以前の問題ですね」

「へ?」

「トライス教団の拠点がどこか、わかってませんよね?」


 雅さんは、眉を寄せる。

 それがわかっていれば、雅さんと私は巡り会っていなかった。


「急がなあかんのやけどな……」

 小さく、そう呟く。

 きっと、気づいていたのだろう。

 私の身体に起きている変化に。


 最近、お腹周りがきつい。

 それは食べ過ぎでもなければ気のせいでもない。

 私に残された時間は――もう、そう多くない。


「まあ、焦っても良いことはありませんから」

 そう言って、私は笑ってみせた。


 雅さんは大人だ。

 今の私の言葉が強がりだって、きっとわかっている。

 だから、そんな申し訳なさそうな顔をする。


 それでも、私は強がりを止めない。

 お世話になった雅さんの心労を、少しでも軽くするために。


 その時――。


 ドン、と大きな音がして、ドアが乱暴に開かれた。


 雅さんは即座に反応し、私を抱き寄せ、自分の身体を盾にした。

 完全に、ヤクザ映画で銃から誰かを護るムーブで、何でかわからないけどちょっとだけ感動した。


「若! すいません、トラブルが……あ、もしかして良い雰囲気でした?」

「……お前なぁ。ノックくらいせぇや!」

 そう言って、雅さんは私から離れ、男の肩を割と本気で殴った。


「いってぇ! すいません若。でも、ちょっと不味い状況でして!」

「ああ? 何があった」

「はい! 若が見張れ言うてた、さきちゃんのお母さん。見つかりました!」

「おい、それは黙っとけ言うたやろ――」


 しまった、という顔で、雅さんがこちらを見る。


 私は微笑んで、首を横に振った。

「大丈夫です。私のためだって、わかってますから」

「……堪忍な、勝手なことして。最悪の場合、しかるべき所に回すつもりやったんや」

「それって……まさか、お母さんを――」

「せや。児相に相談してから警察に通報する予定やった」

「あ、凄く真っ当」

「ん? 当然やろ? カタギに手ぇ出したら、警察にしばかれるんやから。……で、どこで見つかったん? 言葉選べよ?」

「あ、ホスト通いでも女性向け風俗でも、私は気にしませんよ?」


 叱ろうとした雅さんは、私の顔を見て言葉を飲み込み、

 諦めたように溜息を吐いた。


「……もうええ。それで、どこや」

「はい。酒場にいました」

「……まあ、マシな方か」

「んで、そこトライス教団の隠れ蓑でした」

「――は?」

「というわけで、何か事情知ってそうな幹部っぽい奴を数人、攫ってきました」

「……は?」

「ついでに資料もいくつかギっときました。そんで、暴れた時ちょっと目立ち過ぎちゃって、今その酒場ポリ公で溢れてます。最悪の場合俺パクられるんで、弁護お願いしますね!」

「は……はぁ!?」


 情報を雪崩のように持って来る彼に対して、私と雅さんは何の言葉も返すことが出来なかった。

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