第8話 救世主

「ごう――尋問の結果やけどな。最後まで吐かんかったわ」

「いや、もう隠す気ないですよね、その言い方……」

「最低限の体裁ってやつや。そんでな、何も言わんかったんやけど――だからこそ、どこの奴かはわかったわ」

「……何も言わなくて、ですか?」

「俺らの尋問に口割らんって時点で相当な異常や。俺かて同じ目に遭ったら、秒でギブや。ヤクザの俺でもやぞ?」

「雅さん……色々だだ漏れです」

「要するに、んなこと出来る奴は“おかしい”ってことや。そんで、服装やら動きやら、合わせて考えたら――答えは一つしかなくなる」


 雅さんは、テーブルにパンフレットを放るように置いた。


「……『トライス教団』?」


 その名前には聞き覚えがあった。

 最近、この街でやたら目にする新興宗教だ。


「知っとるか?」

「名前くらいですが……。ここがどう関係してるんですか?」

 雅さんは、後頭部を掻きながら低く言った。

「ここの連中に、うちのもんが殺されとる。それもな……人の死に方やなかった。それが、俺の抱えとったオカルトや」

「……」

「血生臭い話しやけ、さきちゃんを関わらせる気は正直なかった。せやけどな」


 パンフレットを、指で叩く。


「その“関わらせたくない連中”が、あんたのベランダで何かしとった。これが無関係やと思うか?」

「……思えません」

「せやろ。方法は知らん。けど、黒幕はこいつらや」

「……雅さんは、前からこの教団を調べてたんですよね」

「俺っちゅーか、うちのもんがな」

「資料、見せてもらえますか。あと……そのパンフレットも」

「ええで」


 雅さんは立ち上がり、部下に声をかけた。


「資料持ってきて。ああ、あいつの件は抜いとけ。写真もなしや。子供に見せるもんやない」

 一瞬こちらを見る。


「他は、あるだけ全部や」

「……ありがとうございます。無理言ってすみません」

「気にせんでええ。代わりに、気づいたことあったら教えてや」

「私に、わかることがあるかわかりませんけど……」

「視点は武器や。俺らと違う目で見れるのは、さきちゃんだけやからな」

 差し出された資料を受け取り、私は小さく頭を下げた。


 そして、静かにページをめくる。


 トライス教団。

 突如この街に広まった信仰宗教。

 怪しいという声は少なくないが、あまり嫌われてはいない。

 押し売りのようなことをすることもなく、押し付けの布教もしない。

 だが、街の清掃活動などには積極的に参加している。

 その反面、静か過ぎて布教に成功しておらず、どういう教義なのか知ってる人は少ない。

 良くも悪くも静かで、街の人にとってみればボランティア団体その一程度の感覚だ。


 だが、日陰の目線では異なる。

 トライス教団は、薬物の取引に関与していた。

 それに気づいた雅さんたちが調査していたところ、犠牲者が出た。

 資料に書かれていたのは、おおむねそのような内容だった。




 それは、天啓というにはちっぽけで、閃きというには浅い。

 漫画表現で、頭に電球が付く、あんなのがたぶん近い感覚だろう。


 雅さんの言うとおりだった。

 それは、私だからこそ気づけたことだった。


 私が特別だからじゃない。

 私自身はごく普通の人間でしかない。

 だけど――私はこの事件における最大の被害者だ。

 そんな私の視点だからこそ、それは見えた。


「この教団の狙いが、わかりました」


 私の言葉に、雅さんは目を見開く。

 さっきの言葉は、ただの慰めだったのだろう。本気では期待していなかった。

 そう思うと少し可笑しくて、同時に、その予想を裏切れたことが、ほんの少し誇らしかった。


「……ほんまか?」

「推測ですけど……」

「いや、それでもええ。ヒントになるかもしれん。教えてくれるか?」

「はい。その前に一つだけ。雅さん、何か信仰してるものってありますか?」

「どゆことや?」

「信じている宗教によっては、かなり失礼な話になるかもしれないので」

「せやな……お盆はご先祖様拝んで、祭りには屋台出して、クリスマスはパーティー。除夜の鐘を寺で叩いて、その足で神社行って二礼二拍手甘酒で乾杯――そのくらいには信心深いで」

「大丈夫そうですね。私が話したいのは、“卵が先か鶏が先か”という話です」

「ほう。で、どっちなんや?」

 天然の発言に、私は思わず吹き出しそうになった。


「いえ、それは……わかりません」

「なんやそういう話ちゃうんか」

「ただ、どちらでもいいと私は思います。神様がいたから人が生まれたのか、人が願ったから神様が生まれたのか……そこにあまり違いは感じませんので」

「……続けて」


「都市伝説も、同じ構造をしています。最初は存在しなくても、噂が広がり、多くの人が信じれば、やがて“あるもの”として現れる。……まあ、理屈としてはフィクションですけど」

「でも、オカルトの話なんやろ?」

「はい。だからこそ、たぶん同じです。多くの人が、本気で信じた。“私のお腹に、赤ちゃんがいる”って」

「なんで、そんな話に……」

「トライス教団は、とある大宗教の流れを汲む信仰形態みたいです。教義内容は違うみたいですが、根っこは同じです」

「……信じる者は救われる、ってやつか?」

「“救世主思想”です」


 いつか訪れる未来に、救世主が現れる。

 それは父なる神であり、子なる人であり、導く霊でもある。


 それだけが、トライス教団と私を繋げる唯一の道。

 つまり……。

「どうやら、私が今宿しているのは《救世主》、らしいです」

 苦笑いを浮かべながら、少し冗談みたいに私は軽い口調で呟く。


 だけど、あまり意味はなかった。

 雅さんの顔が、険しくなる。

 まるで、泣きそうな顔だった。

「なんで……なんで、さきちゃんなんや。他にも、いくらでも……」

「わかりません。でも、都合が良かったんだと思います。私には、そういう経験がないから」

「……」

「“処女懐胎”でなければ、救世主は生まれませんから」


 つまりはそういうこと。

 彼らの目的は私を救世主の母に、マリア様にすることだった。

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