第6話 偽物
気持ちも落ち着いた。
少しだけだけど、眠気も感じる。
だから、もう大丈夫。
そう雅さんに伝えようとして……。
静まり返ったはずの空気を裂くように、赤ん坊の泣き声がかき鳴らされた。
びくりと身体が跳ねる。
また夢か、と思ったが――掌に、確かなぬくもりがあった。
雅さんが、再び私の手を強く握りしめている。
その暖かさと力強さが、これが現実なのだと教えてくれた。
「さきちゃん。これが……さっき言ってた赤子の声か?」
険しい顔で問われ、私は首を振る。
この声には、震え上がるような悍ましさがなかった。
「違います……でも、これは雅さんにも聞こえるんですね」
「聞こえとるで。――はっきりとな」
一拍置いて、言いづらそうに続ける。
「……このタイミングで悪いんやけど、今じゃないとあかん、大切な話がある。ええか?」
握る手に、力がこもった。
雅さんの表情は、真剣そのものだった。
「は……はい。何でしょうか?」
私は静かに唾を飲み、雅さんをじっと見つめ……。
雅さんは、ゆっくりと、囁くよう言った。
「俺……ホラー系、あかんねん」
「――え?」
「ほんまにすまん。ガチで、苦手なんや」
「……もしかしてこの手、私のためじゃなくて……」
雅さんは、真剣に頷く。
気づけば、雅さんはマナーモードのように微振動していた。
「俺が怖い」
赤子の声が部屋に満ちる中、隣で震える大の男。
不思議と、私の気持ちが落ち着いて行く。
自分より怖がる人がいると落ち着くっていう、ホラーの演出。
あれの気持ちが、とても良くわかった。
――ドンッ。
窓を叩く音。
ばち、ばち、と照明が瞬き、タンスが軋む。
おまけにラップ音まであちこちで。
怪奇現象が、雪崩のように起きている。
だけど、まったく怖くない。
やっぱり、腹の中から響いていないからだろう。
「……大丈夫ですよ」
私は震える雅さんを安心させようとそう口にする。
立場が、完全に逆転していた。
「せ、せめて嬢ちゃんだけは逃がす……俺が、しんがりに……」
雅さんはそんな優しいことを言ってくれる。
だけど、その足取りじゃあ無理だろうな。
――バンッ。
再び、強く窓が叩かれる。
「ひっ!」
雅さんが悲鳴を上げる。
反対側のタンスが揺れ、雅さんの顔が青から赤に。
ちょっと、信号機みたいだった。
更に、別の声が混じる。
低く、湿った、怨嗟のこもった声。
男の人の、怨念。
それを聞いた瞬間――雅さんの表情が変わった。
それは、能面のように無表情だった。
なのに、私の身体は反射のように竦み上がる。
優しく微笑みかけてくれた雅さん。
不安がらせないよう必死に気遣ってくれた雅さん。
優しい人だとこれ以上ない程知っているのに……今の雅さんの顔が見れない。
その顔が、本当に恐ろしかった。
今起きている怪奇現象なんかより――ずっと。
彼はそっと私の手を離し、人差し指を立てて"静かに"と合図する。
そして音もなく窓へ近づき――拳でガラスを叩き割った。
カシャーン!
激しい破砕音が鳴り響く。
雅さんの腕が振り抜かれると、何か大きな物が窓の外から床へ転がりこんできた。
それは、人のようだった。
全身黒づくめの、顔まで隠した人。
雅さんは即座に拘束し、そのまま覆面を剥ぎ取る。
顔立ちから、小柄な男性だとわかった。
「さきちゃん。こいつ知り合いか?」
私は、静かに首を横に振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます