第3話 関所
それは二人で森を歩き始めてすぐの事だった。
「ねぇ九音? ちなみに目的地まではどれくらいかかるのかしら」
「そうだな。一晩野営で足が止まるとして明日の昼前には着くと思うぞ。トラブルがなければだけどな」
虎之助の質問に、九音は意味ありげに笑みをこぼし答える。
「意外とそんなものなのね」
そんな他愛もない会話の直後。
九音が抜刀の構えに入るのと虎之助が三節棍を構えたのは、ほとんど同時だった。
「虎之助!」
「えぇ。分かってるわ」
一息つく間もなく。
二人の視線の先、そこから勢いよく姿を現すものが。
赤い瞳。白い毛並み。鈍く光る牙。
それは虎之助もよく知る動物の姿で。
「狼!?」
現れたそれは、勢いそのままに九音へ襲い掛かる。
抜刀された刀と牙が激しく打ち付け合い、火花が舞い上がる。
「ちぃ!!」
九音はそのまま刀を振り抜き、体躯で勝る狼を腕力に物を言わせ弾き飛ばす。
「大丈夫?」
「あぁ。この程度の魔獣如きに簡単にやられるかよ」
強がったそばで、吹き飛ばされた狼が一吠え。
高らかに響く遠吠えは。
「嫌な予感がするわね」
「全くだ」
二人に緊張を走らせ。
そして。
「あら。これってもう囲まれてるのかしら?」
「間違いなくな」
仲間と思しき数多の気配が二人を包囲する。
最初の一匹が更に吠えた瞬間。
それを皮切りに周りから多数の狼が牙をむいた。
「あら。すごい数ね」
襲い掛かってくるそれらを、虎之助は三節棍を振り回し一匹ずつ。
叩き落とし。
カチ上げ。
薙ぎ払い。
打ち抜いていく。
あっという間にそこらには意識を失った狼たちが散乱した。
「魔獣なんて言うからどんなもんかと思ったら……普通の狼とあんまり変わんないわね」
手ごたえの無さに拍子抜けしながら、九音の方を見ると。
「っしゃぁぁ! ラストぉ!」
そう叫びながら、最後の一匹と思しき相手を討ち伏せるタイミングであった。
「そっちも終わったのね」
「はぁはぁ……なんで息も切れてねぇんだよ」
「これぐらいで息なんて切れてたら武術家なんてやっていけないわよ」
「あっそ……まぁいいや。とりあえず急ごう。血の匂いに引きつけられて何が来るかわからん」
九音の指示通り、すぐにその場を後にする。
そして、虎之助はさっき感じた疑問を九音へ。
「ねぇ九音? さっきの狼を魔獣って言ってたわよね? 正直私の知る狼と大差なかったんだけど……何が違ったのかしら?」
「そうだな、さっきの群れでも多分魔獣化してたのは数匹だと思う。最初の奴と、あと数匹」
「そうなの?」
「多分な。戦った感じ魔力が一番高かったのは最初の奴だったしな」
「ふーん。でもその言い方ってことは、魔獣って後天的になるものなのね?」
会話をしながらでも二人の脚が止まることは無く。
虎之助のこの質問にも九音は歩きながら答える。
「そうだ。普通の獣が魔力に長く強く当たり過ぎると魔獣化すると言われている。魔獣化すると狂暴性が増し、また魔獣化して日数が経過すればするほど身体はでかくなりパワーなんかも増えてくな」
「ってことはさっきの狼たちはまだ魔獣になりたてだったってことかしら」
「あの体の大きさなら多分そうだろう。良かったよ。あの程度でな」
その後は魔獣と出くわすことも無く。
日が落ち始めた頃。
森の中に少し開けた場所を見つけた。
「ちょうどいい場所がある。今日はここで野営しよう」
そう言って、九音は野営の準備を始める。
「分かったわ。私は……何しようかしら?」
「いいよ、座っててくれ。知らない世界での旅で疲れただろ」
「優しいのね。それならお言葉に甘えさせてもらおうかしら」
腰を下ろした虎之助へ、九音は小さな何かを投げて渡す。
「ほらこんなんしかないけど」
「ありがとう」
渡されたそれは干された硬い肉だった。
若い頃、龍太郎と共に行った山籠もり。
それを思い出す硬さと味に、虎之助は少し笑みをこぼす。
「なんだ、干し肉がそんなに好きか? いるんならまだあるぞ?」
「いや、大丈夫よ。少し昔を思い出しただけだから」
こうして、虎之助初めての異世界1日目は幕を下ろした――
――翌日。
日が昇り次第、二人はすぐに歩き始めた。
交代で行ったとはいえ、夜間の見張りの疲れもあり、全快ではない。
それでも、二人の脚は昨日から落ちることは無く。
「なんだ、もっと疲れたとか弱音でも吐くかと思ってたけど、タフだなあんた」
「これくらいなんともないわよ。1か月ジャングルに放置されたこともあるんだから」
「……想像以上に過酷な過去をお持ちのようで」
そんな軽口を叩くくらいの余裕を見せつつ。
日が頂点から落ち始めた頃。
「お! ようやく森を抜けたな」
九音の言葉通り、そこには広大な大地が。
それと。
「あれが貴方の言っていた街かしら?」
城壁の様な壁に囲まれるような一角がどうしても目についた。
「そうだ。ヴァレンティア王国の都市『リビアン』だ」
その厳重に守られた都市の一部、そこには。
「ねぇ九音? あそこに人が凄く並んでいるようだけれど……あれは?」
人が列をなしている様子が見て取れた。
「街に入るための関所待ちだな。普段はこんなに並ぶことも少ないんだが……まぁいいや。私たちも並ぶぞ」
二人で歩き始めた瞬間、急に九音が足を止め。
「あ、そうだ。虎之助、あんたが異世界から来たことは秘密にした方がいい」
そう釘をさす。
「あら、どうして?」
「いや、どう考えてもトラブルの種だからだよ。異世界人なんて聞けばみんな興味津々、下手したら捕まって研究所とかに送り込まれるぞ。異界渡りの研究とかで」
「それは確かに困るわね」
「だろ? それが嫌なら大人しくしとくこった」
歩き出そうとした九音に対し、次は虎之助がその足を止めさせる。
「ねぇ待って。だとしたら、私が魔力を全く持ってないのも問題じゃないかしら? それが原因ですぐにばれそうな気がするんだけど」
現に昨日はそれが原因で九音に見つかったわけで。
それを隠すのは不可能なのでは? というシンプルな疑問。
しかし、九音は何だそんなことかと言わんばかりの顔を浮かべ。
「それなら大丈夫だよ。今の虎之助からは本当にちょっとだけど魔力出てるから」
虎之助の予想外の回答が返ってきた。
「え? そうなの」
「あぁ。多分こっちの世界の食い物食べたからじゃないかな? 魔力含んでるし」
「そんなもんなの?」
「そんなもんだよ。むしろ私はそれ見て安心したよ。本当に私の探してるアイツじゃなかったって証拠になって」
「あらやだ。まだ疑ってたの?」
「少しな。でも大丈夫。もう完全に疑いは晴れたから。本当に魔力出てるよ、少しだけ」
そう言われ、自分の身体を見てみるも変化は無く。
何かが変わった感じもしない。
「見た目じゃわかんないわね」
「そりゃそうだ。ってもういいだろ、行くぞ」
二人はそのまま列の最後尾へ。
列は以外にもスムーズに進み、十分足らずで二人の番がやってきた。
「身分証と入場目的は?」
門番のその問いに。
「私たちは冒険者だ。仕事が終わったから戻ってきただけだ」
九音は言葉と共に何かカードの様なものを取り出し門番に見せる。
裏表と確認したのち。
「通ってよし」
告げられ、九音は虎之助の手を取り引っ張っていく。
しかし。
「まて、その男の身分証は」
妨げられ。
「あー……えっと、こいつも冒険者なんだけど……そ、そうだ。仕事中に無くしちゃって」
その言葉に門番が顔をしかめる。
「無くした? なら名前とランクは? ギルドに確認する。結果が出るまでは通れんぞ」
「あーいや、その……」
淡々と追い詰められ、九音の声は徐々に小さく。
「いいわよ、九音。自分の事だもの、自分で説明するわ」
肩に手を置き、小さくそう呟くと、虎之助が前に出る。
「ごめんなさい。彼女は私の為に嘘をついてしまったみたい」
「嘘だと?」
「えぇ。本当は私は冒険者じゃないの。気が付いたら森に迷い込んでいて、彼女に助けてもらってここまで来たの。荷物はこの武器だけ、身分証なんてないわ。名前は千賀虎之助……記憶がなくて名前しか分からないわ」
異世界から来た。
そう言えない以上、虎之助に言えるのはこれだけだった。
「怪しいな」
その一言で、周りの門番が一斉に槍を向ける。
「ちょっと、マジでなんも無いんだって」
「いいのよ九音。この人たちも仕事してるだけなんだから。私が門番やっててもこんな奴通さないわ」
慌てる九音を押しのけ、門番の一人がが虎之助の前に。
「物分かりがいいな」
「あの子は私をここに連れてきてくれただけ。手荒な真似はよしてあげて」
「お前が黙ってついてこればな――よし、連れていけ!」
その言葉で周りの門番たちが虎之助を拘束。
「虎之助!」
「じゃあ九音、ありがとうね。助かったわ」
その会話を最後。
虎之助は門番に連れられていってしまった。
「ほら。お前はもう行け。邪魔だ」
残った門番に突っつかれ、九音は一人門を潜った。
オネェ武術家、異世界にて 九頭田メオ @jiji-didi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。オネェ武術家、異世界にての最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます