第2話 オネェ武術家、異世界に転生する

「――ん」

 千賀虎之助は目を覚ました。

 小さく体を伸ばし、眠っていた身体も目覚めさせる。

 辺りの風景を見て。

「……どこ? ここ」

 その見知らぬ光景に声を漏らした。

 周りに茂る木々。

 自分や周囲を照らす木漏れ日。

 小鳥や小動物の鳴き声。

 苔むした地面。

 遠くから聞こえる流れる水の音。

「森……かしら?」

 何故自分はそんなところに。

 疑問が頭に浮かび、昨夜の出来事を思い出そうと試みる。

「えっと……確か店を閉めた後……あっ――」

 そうして蘇ったのは、来店した友人との会話。

 そして、死闘の記憶。

「私……死んだはず……よね?」

 確かに貫かれたはずの胸を撫でるも、そこに傷は無く。

 拍動する心臓が自分の生を証明していた。

「それに、なんでこんなところに?」

 自分がなぜ生きているのか。

 自分がなぜこんなところにいるのか。

 何も分からないまま。

「夢でも見ていたのかしら……」

 そう思いたかった。

 しかし。

「ん?」

 手を動かした時、その指先に当たったものが。

 思い出した記憶が本物であることを証明した。

「三節棍……」

 戦いの最中出来た切り傷。

 付着した血。

 間違いなくあの戦いの証明に他ならない。

「まぁ、今生きているんだもの。考えたって仕方ないわね」

 自分に言い聞かせるように。

 頭に浮かんだ友人をかき消すように。

 虎之助は頭を振って立ち上がった。

「さて。とりあえず人の居るところを探しましょうか」

 このままここに居ても何も始まらないと、歩き出した時。

「何者か!?」

 背中から強い声が掛けられた。

 視線をやると、そこにいたのは。

「ちょっとここに迷い込んだだけよ。そんなに怖い顔しないで頂戴」

 木漏れ日に輝く短い白髪。

 黒い道着の様な装束に袴の姿。

 強くこちらを睨む双眸。

 重心を落とし、腰に刺さった刀に添えられた手。

 明らかに戦闘慣れした雰囲気を纏う――17、8といった年齢の少女だった。

「迷い込んだ? こんな魔獣跋扈する森にか? と、なれば貴様も冒険者か?」

 魔獣。冒険者。

 聞きなれぬ単語に様々憶測が過ぎるが。

「ええ。冒険者よ」

 選んだのは話を合わせることだった。

 彼女の言葉から察するに『冒険者』という何かであればこの場に居てもおかしくないのだろう。

 そう判断したが故の回答であった。

 しかし。

「謀ったな」

 少女は一息にて抜刀。

 その刃が虎之助の喉元を狙い、真っ直ぐに走った。

「初対面の人間にいきなり刃を向けるなんて……物騒ねぇ」

 一切の危なげなく、虎之助は刃を躱し少女の背後へ。

 刃を握る腕を捉え、やれやれとため息を漏らした。

 少女はそれを認識すらできていない様子で。

「なっ、いつの間に!?」

 驚き、逃れようと藻掻くが抜け出せず。

 しばらくして。

「……なんなんだ、貴様は。捕らえるだけで攻撃してこないなんて」

 藻掻くことをやめ、そう問うた。

「私は千賀虎之助、ただの喫茶店のマスターよ。貴方を攻撃する理由なんてないわ」

「喫茶店のマスターだぁ? 嘘ばっかり吐きやがって。マジでなんなんだ」

「あらやだ。本当よ? 全然違う場所にいたんだけどね、目を覚ましたらこの森の中にいたの。むしろ教えてくれないかしら。ここがどこなのか」

 それでも訝しむような表情で、じっと虎之助を見上げていた少女だが。

 少しの沈黙の後。

「――はぁ。わかった、降参だ。信じるよあんたの言葉……逃げ出せる気もしないしな」

 ため息とともに霧散する張り詰めた空気。

 と、同時に虎之助も少女を抑えていた手を離す。

 少女が再度襲い掛かってくることは無く。

「で? 何から聞きたい」

 そばの倒木に腰かけ口を開いた。

「そうね。まず初めに……ここはどこかしら?」

「『隔ての樹海』その人間界側だ」

 全く理解は出来ていなかった。

 それでも言葉から想像は付く。

 しかし、それは余りにも突拍子もない想像。

 故にそれを確かめるように次の質問を。

「そう。じゃあ貴方の国の名前は?」

「国? 出身国って意味なら『日ノ本ひのもと』だけど……今の拠点は『ヴァレンティア王国』だな」

 どちらも聞いたことの無い国名だった。

 だが、この答えに虎之助の仮説が信憑性を増す。

 それは。

「なるほどね。どうやらここは私のいた世界ですらないみたいね」

 普通であれば到底信じられない。ここが異世界だという仮説。

 真面目に語る虎之助と裏腹に、少女は目を丸くし。

「はぁ? 世界渡りしたってことか!? そんな馬鹿な! あんなもんはおとぎ話の世界だけの話だろ……」

「私だって信じられないわよ。でもね、私は『魔獣』なんて知らない。『冒険者』なんて人たちがいることも知らない。『隔ての樹海』も『日ノ本』『ヴァレンティア王国』だって」

「おいおい。マジか……冗談だろ?」

「残念ながら本当よ……証拠なんてないけれどね」

 ここがどこか。

 その疑問に自分なりの回答を付けたところで、虎之助の頭に新たな問題が過ぎった。

 しかし、それについて長考する間もなく、虎之助の『証拠』という言葉に少女が反応する。

「証拠……あ、そうだ。あんたがいた世界に『魔力』はあったか?」

 ここに来て追加された未知の単語。

 虎之助はただ首を振り否定した。

「そっか。それなら私はあんたが異世界から来てるって信じるよ」

 急な納得に虎之助は首をかしげる。

「あら、そんな簡単に信じていいのかしら? 自分でいうのも変だけど……私かなり怪しい立場だと思うけど?」

「あぁ。あんたから『魔力』を一切感じないからな。この世界の生き物であればそんなことは基本的にはあり得ないんだよ」

「ふぅん……そういうものなのね、こっちの世界は」

「それに、こっちを害そうって気配を微塵も感じないし、嫌な感じもしない。少なくとも敵ではないんだろうなって」

 互いにある程度の納得がいったところで、少女が立ち上がり虎之助の前まで歩み寄る。

「それでだ、提案なんだが……あんた、よかったら私と組まないか?」

 唐突な少女の提案に、次は虎之助が少し驚いた表情を見せた。

「組むって……いったいどういう事?」

「簡単さ、私はさっき言った『冒険者』って仕事をやってる。まぁ、魔獣なんかの害獣を狩ったり、危険な場所にある薬の材料を取ったり、まぁ危険を請け負う仕事だな。それを私と組んで一緒にやらないかって話だ。さっきのであんたが手練れだってのは嫌って程分かったしな」

 それは虎之助にとって願っても無い提案だった。

 先ほど彼の頭を過ぎった「ここが異世界であるなら食い扶持を、生活をどうするか」といった悩みが解決したようなものだから。

 仕事があるなら金がある。金があれば生活は出来る。

 とりあえずは。

 ならば断わる理由などあるはずも無く。

「いいわよ。よろしくね」

 即答した。

「お、話が早くて助かるよ――」

 そうして、少女は手を差し出す。

「――私は九音くおん。これからよろしく」

 虎之助はその手を取り。

「私は千賀虎之助。こちらこそ、よろしくお願いするわね」

 互いに強く握り合った。

「それと……さっきはいきなり襲い掛かってすまなかったな」

 握った手をほどくと同時、申し訳なさそうな顔で九音がその言葉を口にし、首を垂れる。

「あら、全然いいのよ? でも、なんで私を襲おうと思ったのか理由だけ聞いてもいいかしら、後学の為にね」

 虎之助のおどけた様なウインクと柔らかな口調に、九音は安心したように顔を上げ口を開く。

「んー……そうだな。やっぱり魔力が全く感知できなかったから。これに尽きるな」

「あぁ。言ってたわね、魔力がないのはおかしいって」

 その言葉に九音は首を縦に振る。

「私たち冒険者は危険な仕事をするから普段は魔力感知って技術で周りの魔力を探っていることが多い。そうしたら強い魔獣とかが近寄ってきたら分かるからな」

 そこまではなんとなく理解できると、小さく頷きながら口をはさむことなく、虎之助はただ耳を傾ける。

「で、そんな魔力感知にぽっかり穴が開いたんだよ。魔力が弱いとかじゃなく、全く感知できない穴。そんなの過去に一回しかなかった」

「その一回が私に刃を向けた理由ね?」

 九音は虎之助の言葉にうなずき、そのまま続きを話し始める。

「その一回。魔力を全く持たないアイツに私の故郷は滅ぼされた……私以外の住民全員がな」

 そこまで話し、九音は徐に服をめくりあげ、右脇腹を露わにする。

 そこには、黒く、禍々しい何かが刻み込まれていた。

「そいつは私にこの呪いを刻み『その呪いが完成したときまた会おう』そう言って消えていったよ……」

 服を戻し、九音が小さく息を吐く。

 その顔には悲しみとも怒りともつかぬ表情が滲んでいた。

「呪いのせいなのか何なのか分からないが、あいつの声も姿も思い出せないんだ。だから魔力が全くないってことしか情報が無くてな。虎之助、あんたに切りかかっちまったってわけだ」

 不器用に笑って見せる九音を、虎之助はそっと抱きしめる。

「なっ!? はぁ!? なんだいきなり!」

 更には頭を撫で。

「九音。貴方、強いわね」

 慈しむような言葉を掛けた。

「強い? 何が?」

「だって、私の事を仇だと思ったなら無言で切りかかってもおかしくなかったはずよ? それなのに貴方は言葉から入った。感情に支配されずに。私が余計な嘘を吐いたせいで結局は剣を振らせてしまったけれど。これは凄い事よ、強くないと出来ないことだわ」

 抱擁を力づくでこじ開け、自由になった九音は。

「はぁ、はぁ、はぁ……もういい! ほらさっさと街に行くぞ」

 赤く染まったかおを見られまいと、荒げた息のまま虎之助に背を向け速足で歩きだす。

「あら、照れ屋さんね」

 彼は呟き、その背中を追いかけるように歩き始めた。

『隔ての樹海』そう呼ばれる魔獣が跋扈する危険な森の中を――

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