オネェ武術家、異世界にて
九頭田メオ
第1話 オネェ武術家と友人と。
――カランカラン
出入り口に吊るされた小さな鐘の音が、静かな店の中に響いた。
店主の
入り口に『closed』の看板は掛けてあったはずだが、見えなかったのだろうか。
そんな疑問に首をかしげながらも、厨房から顔を出し来客へと言葉を掛ける。
「すみません。今日はもう閉店で――」
視界に入った男の姿に、言葉の続きは無意識に飲み込まれた。
「やぁ。久々だな」
男の言葉にはどこか力なく。
「――いらっしゃい。珈琲でいいかしら」
虎之助は小さなため息をつき、そう呟いた。
「あぁ。閉店後に押し掛けて悪いな」
少し震えた声を押し殺した弱々しい声。
男は黒いロングコートを脱ぎもせず、カウンター席へ腰かける。
どちらも口を開くことも無く、ただ静かに。
喫茶店内にはサイフォンから鳴る音だけが静かに響いていた――
「――何年ぶりかしらね、こうやって顔を合わせるのは」
珈琲を差し出しながら、虎之助がようやく口を開いた。
「最後に会ったのは……いつだったかな。忙しすぎて忘れちまったよ。にしても、男の俺から見てもダンディでいい男になったじゃねぇか……口調はあれだがな」
少しおどけたような口調で男は答え、珈琲に口を付ける。
「あの時はごめんなさいね……龍太郎、貴方には大分迷惑をかけたでしょう」
「なに、今となってはいい思い出さ。そんなことよりも、俺はお前が喫茶店を開いてることに感動したよ……昔から珈琲好きだったもんな」
「ええ。おかげさまであれから自由にやらせて貰っていたわ」
再び流れる沈黙。
男は残った珈琲を一息で飲み干し、静かにカップを置いた。
「お代わりは必要かしら?」
「いや大丈夫だ。それよりいくらだ?」
コートの内側に手を入れ、財布を取り出す仕草をしながらそう問う龍太郎に。
「いいわよ、お代なんて」
と、虎之助は首を振る。
「そうか……悪いな」
「いいのよ。で、本題は……きっとそういう事よね」
その言葉に龍太郎は俯き、沈黙で答える。
虎之助にとって、それは何よりも肯定の証だった。
「――わかったわ。行きましょうか」
「あぁ……すまない」
そうして、二人は店を後にする。
店の前には黒塗りの車が待っており、二人は無言で乗り込む。
車が発進してからも、二人の間に会話は無かった――
無言の数時間が経過し、車がようやく目的地に到達する。
そこは、現在は使用されていない埠頭の巨大倉庫。
「やり方は相変わらずね」
少し呆れた口調で言葉を漏らし、虎之助は臆せず倉庫に踏み入った。
月明かりよりはマシ。
そんな程度の裸電球が弱々しく倉庫内を照らしている。
倉庫の中には誰かが待っているなども無く。
ただ静かな空間のみが広がっていた。
虎之助に続いて龍太郎が入ってくると、扉はひとりでに閉じてしまう。
そして。
『あーあー。聞こえるかね? 虎之助くん』
二人以外誰もいないはずの倉庫に声が響く。
「あら。久々の再開に顔も見せないつもりかしら?」
どこかに仕掛けてあるのだろう。
ノイズ交じりのスピーカー越しの声に、虎之助は腰に手を当て不機嫌さを露わにする。
『私自身、君と直接顔を合わせる理由が無いのでね。まぁ君もここに呼ばれた理由は十分に理解していると思うが……まさか大人しく来てくれるとは思わなかったよ』
「龍太郎にこれ以上迷惑はかけられないもの……さ、煮るなり焼くなり好きにすればいいわ」
そう言って、虎之助は両手を開いて見せる。
一切の抵抗を示さないと言わんばかりに。
『はっはっは。そう焦るな。君にはまだ道がある。我々の下に戻って――』
「ノーよ」
スピーカーからの声に被せ、虎之助は先に否定する。
「私は貴方たちの下には戻らない……一度見つかった以上、もうあなた達から隠れることも不可能でしょう……だったら私は『死』を選ぶわ」
そう言い放ち、龍太郎の方へ体を向ける。
「さ、龍太郎……あなたの仕事でしょう? 一息にやりなさい」
龍太郎は無言のまま、コートの内側に手を伸ばし、武器を掴み取り出して見せる。
短い鎖で連結した、三節の棒が連なる『三節棍』と呼ばれる武器を。
そして。
「ほら。お前のだ」
それを虎之助に向かって放り投げた。
自分に向かって投げられたそれを反射的に手に取るも、不思議そうな顔を浮かべる。
「あら。何のつもり?」
『何、龍太郎からどうしてもと懇願されてな。我々としてもその意思を汲んでやった迄さ』
虎之助の質問に、龍太郎はただ口を噤み、答えたのはスピーカー越しの声だった。
『貴様が今ここで龍太郎と戦い、彼を殺すことができたのであれば組織は金輪際お前に関与しないと誓おう。さぁ、存分に死合い給え』
「――龍太郎……これはどういうことかしら」
小さく息を吐き、龍太郎も武器を手に取る。
幅広の刀身を持つ、二振りの青龍刀を。
「お前なら組織に戻ることは選ばないと分かっていた……無抵抗に死を選ぶだろうこともな。でも、それじゃあ納得できねぇんだよ――」
「もし私が勝ったとて、組織が本当に約束を守ると思ってるの? 貴方もそれくらい分かっているでしょ?」
「分かってるさ! だが……だからと言って無抵抗のお前を殺すなんてできるかよ。せめて、せめて武人として……それだけさ、だから――」
瞬間、龍太郎は一足で距離を詰め、双刀を虎之助に向け振る。
それを躱すでも、受け止めるでもなく、虎之助はただ立ち尽くした。
二つの刃は当たる直前でピタリと止まり。
「――本気で戦ってくれ。最後の……俺の我儘だ」
震える声と震える刃先。
それを見て、虎之助は。
「わかったわ……武人として、本気で――死合いましょう」
友人の決意を。覚悟を。
受け入れた。
かつて、自分の我儘を押し付け、それを受け入れてくれた友人に応えるために。
「あぁ。感謝する」
その言葉に震えは無く。
刃を下し、改めて構え直す。
対し虎之助は、久々に握った
離れていた期間があったとは思えない、それほどまでによく手に馴染む。
そんな相棒を改めて握りなおし、構えを取り視線を龍太郎へ。
始まりの合図などあるはずも無く。
それでも、動いたのは同時だった。
互いに距離を詰め、攻撃が交わる。
双刀はそれぞれ別の軌道を描き、十字の斬撃となり襲い掛かる。
慌てるでもなくただ冷静に、虎之助はその攻撃を捌き懐に潜り込む。
しかし、攻撃に転じるより早く、龍太郎の膝蹴りがその体を弾き飛ばした。
咄嗟に腕を挟み込んで受け止め、ダメージは殆どなく。少しバランスを崩したものの大きな隙を晒すことなく着地した。
「どうやら腕は鈍ってないようだな……」
「そういう貴方は少し腕を上げたかしら?」
「そりゃお前がいなくなってからも戦い続けていたからな」
続け様に、龍太郎が踏み込む。
左右から青龍刀が挟み込むように、上段下段それぞれを狙い撃つ。
虎之助は上段の刃は肘で軌道を逸らし、下段は難なく飛び躱す。
それだけで終わらず、同時に三節棍を振るい、攻勢に出た。
放たれた棍はうねり、まるで大蛇が獲物の首元に食らいつくが如く走る。
両の刃を捌かれた直後故、受ける手段も無く、その攻撃は無慈悲に鈍い音を轟かせた。
「がっ――」
背中から地面に倒れた龍太郎が体を起こそうとするよりも早く。
三節棍が空気を裂きながら振り下ろされた。
脳を揺らす轟音が耳を塞ぎ。
飛び散るコンクリートの破片、舞い上がる粉塵が視界を奪う。
「ふぅ――ぎりぎりだったぜ」
轟音と視界不良。
そんな中で声が聞こえた時にはすでに遅く。
反応することすらできず。
脇腹に深く蹴りが突き刺さり、中央の柱まで虎之助を弾き飛ばした。
「――ごほっ……何よ、当たってなかったのね」
受け身で柱にぶつけられたダメージこそ軽減したものの、蹴り自体のダメージは深刻に。
その威力は虎之助の吐血が物語っていた。
「その為に武器が一本死んだがな……まぁ、一本あれば十分か」
追撃の斬撃をかろうじて躱し、代わりに両断される柱。
反撃に棍が舞うも、払い落とされる。
刻まれる柱。
穿たれる床。
切り落とされる壁。
歪み吹き飛ぶ鉄扉。
互いの攻撃に、倉庫は最早原型無く――
いつの間にか、二人は月明かりの元に晒され睨み合っていた。
軋む身体。笑う膝。口いっぱいに広がる鉄の味。
自分の身体の状態に限界を感じながら、虎之助は相手の姿を確認する。
そこには、肩で息をし、頬が裂け流血し、上がらない腕が力なく垂れ下がった龍太郎の姿が。
満身創痍なのは互いに同じ。
おそらくは次の攻防で決まる。
そう確信し――
同時に距離を詰める。
そして、龍太郎が先に刃を煌めかせ――
「――どうして……お前は……」
虎之助は武器を振るうことなく、ただその攻撃を胸に受け入れた。
涙を流し、振るえる声の龍太郎に。
「もう……最後に武器を振るう力も残っていなかったみたい……そんなことにすら気が付けないほどに鈍ってしまっていたわ……」
笑顔で、力なくそう伝えた。
滑り落ちる身体。
刃から滴る鮮血。
痛みや苦しさは無く――
「不思議ね……あの頃は組織を抜け出したら自由に……清々しい気分になれると思っていた……でも、実際は毎日貴方のことが気がかりだった……清々しさなんて微塵も無かったわ」
最後の力で虎之助は手を伸ばす。
失った、かつての友人に向け。
龍太郎はその手に一瞬反応するも。
「……あぁ……そうか……」
ただその手を見つめ、拳を握った。
「でも、今は清々しいの……貴方と戦って……死ねる……ことが――」
かろうじて開いていた目は光を失い。
かつての友人に伸ばされた手は、届くことなく落ちていく。
「……あの時も、今だって……お前は優しすぎる――安らかにな……親友」
返事のない、横たわる友人へ。
別れの言葉を残し、龍太郎はその場を後にした。
寂し気な足音と共に。
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