第5話 ウールハウス
庭に軽快な足音が響き、赤い四面体が宙を舞う。
シールは初基めがけて魔法を撃ちながら、全力で走り回っていた。
「ほらっ、とどめぇ!」
「危ねぇって!」
初基が身を低くした、その瞬間。
「……あれ? 魔法が使えない……体に力も……」
シールはふらりと座り込み、そのまま地面にへたり込んだ。
「おい、大丈夫か? 魔力でも切れたか?」
「魔力……? なんか、力が入らない……もしかしたらそうかも……」
「そっかそっか。じゃあもう無抵抗か……散々人に三角のやつ、ぶつけてたからな……!どうしたものか……!」
初基はわざとらしい悪人スマイルでじりじりと距離を詰める。
「練習だよ! 魔法の練習なんだよ! だから許してよね……ね?」
「今のうちに言い聞かせておかないと、これから先ずっと人様にいたずらしそうだからなぁ~! 正座させて説教くらい必要かもな!」
「ほんとに動けないから許してってば!!」
初基は座り込んだシールへじりじりと距離を詰めていく。
「うわーーん!初基が私を……うぅぅ……」
そんなやり取りのさなか、
シールは涙目のまま、ふっと何かの影を見つけた。
「……あ」
初基が振り向くと、そこにはカモミナさんが立っていた。
「これは……一体……?」
「勝ったぁぁぁ!」
シールは凄まじい速度でカモミナさんの背中に避難し、勝ち誇った顔をする。
「カモミナさん! 高校生が子供をいじめてるの! 助けて!」
「てめぇ!子供扱いすると怒るくせに、こういう時だけ子供ぶるな!」
「べーだ!」
初基は深々とため息をつき、怒るより今は説明が先と判断する。
庭にはウールの試作品の椅子と机が散乱しており、カモミナさんは思わず目を丸くした。
「これ、全部ウールちゃんが? すごいじゃない」
「魔法が使えるようになったみたいで……急にこんな感じになりまして」
シールとウールが精霊らしい存在であることを話すと、
カモミナさんは驚きつつも、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「この村には、たまに友好的な精霊さんが来るの。あなたたちなら大歓迎よ」
その優しい言葉を聞いて、初基の胸が少しだけ軽くなる。
「すみません、庭を勝手に使ってしまって……。すぐ片付けますので」
「いいのよ。でも練習なら村はずれの空き地の方が広いわ。うちの土地だけど、使ってない場所なの。自由に使ってね」
「ありがとうございます。本当に……助かります」
◆
片付けを終えると、三人はそのまま市場へ向かった。
「お小遣いもらったんだー! これで何か買っていいってさ!」
二人は嬉しそうに屋台の串焼きを買っている。
ロズマルさんには後でまたお礼を言わないといけない。
感謝してもしきれないくらい世話になっている。
怪我が治ったらお礼をしたいが、この世界に来たばかりの自分に何ができるだろうか。
――そんなことを考えているとふいに隣から声をかけられる。
「兄ちゃんたち、見ない顔だな」
横を見ると筋骨隆々の男が串焼きを持って立っていた。
見るからに冒険者。異世界らしさ全開の風貌だ。
「はい。まぁ、いろいろありまして……ここよりもっと南の辺鄙な村から来たんですよ」
そういう設定になっている。
「最近は南に行くほど物騒だからな。
だが南となるとブランマンジェって精霊のこと、何か知らねぇか?」
「噂で聞いただけですけど……探してるんですか?」
「ここよりも南が最後の目撃場所らしくてな。知らないのか?国が莫大な懸賞金を掛けてるって話」
「――莫大な懸賞金ですって!? 最後の目撃場所ってどこなの!? どんな見た目をした奴なの!?」
ウールの食い気味の反応に、初基は呆れた表情をした。
「姿は白くて、頭に付け耳みたいなもん付けた変わったやつだそうだ」
「なるほど……!
常に付け耳を付けた変態が練り歩いてるから懸賞金を掛けたのね!
すぐに捕まえて牢屋に入れてやるわ!そして懸賞金を手に入れましょう初基!」
「そうじゃない。どうやら彼女の能力が迷宮調査に必須なんだと」
「迷宮ってフラクタル・ラビリンスですか?」
「そうだ。
なんでも迷宮に入った奴は二度と出てこないか、出てこられても正気を失ってて廃人同然になるらしいからな。
中で正気を失わないためには彼女の作る“白い薬”だか“白い食品”だかが必要らしい」
「……パティシエって聞いたときは微妙な能力だと思ったけど、意外とすごいんだね、そいつ」
「中では食料補給もままならないから単純に食料供給要員としても必要なんだろう。
食い物は生きる上での第一条件だからな。
回復効果も付いてればそりゃ引っ張りだこだろうよ」
男は笑い、串を最後の一口で平らげた。
「じゃあな兄ちゃんたち。いろいろ物騒だが可愛い妹二人、しっかり守ってやれよ!」
「誰が妹よ!」
「保護者よ!」
「俺がお前らの保護者だろうが!」
三人の声が市場に響いた。
◆
翌日。
カモミナさんが紹介してくれた村はずれの空き地は、視界を遮るものが何もない広々とした場所だった。
雲が空で四角形の群れを描き、風が草むらを波のように揺らしている。
初基の腕の痛みもほとんど治っており、気分は幾分軽い。
治療してくれたのは村はずれの教会のシスターさんらしい。
お礼をしたかったが、しばらく留守らしく会うことはできないでいた。
その空き地へ向かう前――庭から声が飛んだ。
「初基。少し試したいことがあるの。あの椅子のところに座って」
ウールが昨日作った四角い椅子を指さしている。
「なんだよ。また変なことすんなよ……」
「いいから。座って」
疑いながらも椅子に腰を下ろす初基。
するとウールは腕を組み、言う。
「違う違う。椅子の“前”に座りなさい」
「なんでだよ?」
「いいから」
仕方なく芝生に座ると、
ウールは椅子に腰掛け、初基の背後から――そっと素足を両肩に乗せてきた。
「ウール……なにしてんの?」
「何って、足置きよ?」
「いやなんで!? 人間を!? お前の倫理観どうなってんの!」
「一昨日の居眠りの罰よ。私たちが資料漁ってる横で、よくもまあ気持ちよさそうに……」
「それは悪かったけど……」
「脇腹蹴っても起きなかったのよ?」
「シールが言ってたのはこれかよ!怪我人に何してんの?」
ウールはため息をつき、珍しく声の調子を落とした。
「……それでどんな夢を見てたの?」
「夢?」
「初基、寝てるときいつもすごいうなされてるのよ。夜中も何度か見かけたの」
「なんで俺の部屋に夜中に勝手に入ってんだよ!?」
「あんな怪物に襲われたあとでしょう? 悪夢を見てるんじゃないかと思って……」
ウールは少し黙り、それから小さく呟くように言った。
「それと……助けてくれたお礼、言ってなかったから……。
今さらだけど……ありがとう」
突然の言葉に初基は咳き込む。
「人様に足を乗せたまま、感謝を述べるやつ絶対お前だけだろ!セリフの内容と行動のギャップが明らかにおかしいんだよ!」
「あら? これも私なりの照れ隠しなのだけれど?」
「それにしては楽しそうな声してるけどな!」
そこへシールが姿を見せる。
「二人とも、なにいちゃついてるの?」
「私は被害者よ。足を乗せろって命令されて仕方なくね……」
「シール……騙されるなよ……!」
「……はいはい。それより練習行くよ!」
シールの号令で、三人は空き地へ向かった。
◆
空き地に着くと、シールはふと動きを止める。
「ねぇ……もしかして……変身するとき、また服が弾け飛ぶのかな……?」
前回の変身は服が木端微塵になってしまった。
「服脱いでから変身したら?」
「初基!! ここ外よ!? 乙女になんて事させようとしてるの!」
「別に外で裸になれって意味ではないけど!」
「そうやって私たちの裸を!」
「この変態! 野外露出しろだなんて!」
二人は蹴りの連打を打ち込んでくる。
「いてぇし、話聞けよ! お前らの発想のほうがよほど変態だわ!」
そうこうして、その後三日間に渡って二人は空き地で魔法の練習をする。
結局、ロズマルさんの家で変身してから空き地に向かい、家に帰ってから変身を解くことにしたようだ。
村の中を魔法少女姿で歩く。
それを恥ずかしがっていたシールも三日目には慣れ、堂々と歩き始めた。
ウールは四角いブロックを積み上げ、建築魔法の練習を続けている。
対してシールは、ウールが作った立方体の標的を撃ち抜く攻撃魔法の練習に夢中だ。
そして初基はロズマルさんの雑貨屋でアルバイトを始めていた。
世界は穏やかで、無数の幾何学立体と笑い声が空き地にあふれていた。
◆
そして二週間後。
「……おいおい……本当に建てやがったな……」
初基は、空き地に突如出現した巨大な“立方体”を見上げていた。
ウールが作った――真四角な家。
壁も屋根も、完璧な立方体の集合体。
だが、奇妙に美しい。
ロズマルさんには一時的に空き地に家を建ててもいいと許可ももらってある。
「まぁ最初は豆腐ハウスが関の山か……」
「豆腐ハウスってどういう意味? 褒めてないことだけは分かるけど……」
「そのうちもっとオシャレなのも作れるようになるかなって思っただけだよ」
「ええ、いつか立派なのを建ててみせるわ! ほら、中も見て」
中に入ると、立方体の椅子や机の他に、
部屋の隅には見慣れない立方体がぎっしり敷き詰められていた。
「これ……なに?」
初基が近づいた瞬間、ウールの蹴りが炸裂した。
「っておわッ!?!?」
倒れ込む初基を、立方体が柔らかく受け止める。
巨大な低反発マットのような、心地よく沈み込む感触。
「びっくりした……! ってすごいなこれ。 柔らかい……気持ちよ……!」
「自慢の一品よ。スポンジみたいな材質も作れるって気づいたの」
「一度寝転がったら最後だなこれ……」
「今日は試しに泊まってみて? 一人なら余裕よ。 村の共用の水場も少し歩けばあるし、結構快適なはず」
ウールは少し誇らしげだった。
初基はその気持ちを汲み、泊まることにした。
「三人で暮らす本格的な家もそのうち建てたいな」
「三人で……それもいいかもしれないわね……」
ウールは少しだけ顔を赤くしていた。
◆
夕飯と風呂を済ませ、初基は照明道具や本を持ってウールハウスへ戻った。
ウールのクッションに体を預け、薄暗いランプの光の中で本を読み進める。
眠るときは窓がないせいで、ランプを消すと完全な暗闇になる。
「……窓、絶対必要だな……」
改良点はまだ多いが、改築していくのも楽しいはず。
そんなことを考えながら眠りにつく。
……
……
深夜。
静寂の中に、妙な音が混じった。
コン……
コンコン……
コン……
(……ノック?)
初基は目を覚まし、手探りでランプを灯す。
音は間違いなく――扉からだ。
ここに泊まることを知ってるのは、
シール、ウール、ロズマルさん、カモミナさん……だけのはず。
胸の奥がざわりと冷える。
「どちら……さまですか?」
「……初基様と……お話がしたくて……」
女性の声。
聞き覚えはないのに、不思議と耳に染み入るような甘い響き。
不安が喉につかえながらも、初基は扉をほんの少しだけ開けた。
――月明かり。
その下で立っていたのは、
白い。
肌も、髪も、睫毛すら雪のように白い。
黒いドレスに身を包んだ女が、まっすぐ初基を見つめていた。
病的に白く、血色を一切感じさせないその姿に、初基は声すら出せなかった。
「初基様……やっと……お会いできましたね……」
生クリームのように甘く柔らかな声。
「あなたは……いったい……?」
目が慣れてくると、
彼女の頭に“付け耳のような髪飾り”が見えた。
「私は……フラクタルの精霊。
――ブランマンジェ、と言えば……分かりますか?」
甘い、甘い声だった。
■ボードゲーム「フラクタルガールズ」TIPS5
□登場人物紹介
△ブランマンジェ
ブランマンジェ曲線というフラクタル曲線の化身。
曲線の形が”ブランマンジェ”という波模様が特徴のデザートに似ているためそう呼ばれている。
”ブランマンジェ”は生クリームやアーモンドミルクを用いたミルクプリンのような菓子である。
頭の付け耳のような飾りはこの曲線による二つの膨らみである。
ブランマンジェは戦闘能力をほとんど持たないがサポートに特化した能力を持つ。
最近は姿をくらまし何かしらの目的のため暗躍しているらしい。
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