第4話 相似性魔法(フラクタル・マジック)


 日を跨ぎ、腕の痛みもようやく和らいできた。

 今日は久しぶりに外へ出ることになり、初基は胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じていた。


 ロズマルさんの家を出て初めて外観を見たが、確かに雑貨屋らしい造りだった。

 軒先には乾燥させたハーブや工具類が吊るされ、風に揺れている。

 店の屋根には風見鶏ではなく“異世界感”のある六面体の魔法灯が揺れていた。


 三人はその店のすぐ近く――村の中央にある噴水広場で足を止めた。


 噴水の縁は白い石で囲われ、花壇には色とりどりの花々が咲いている。

 見慣れない紫の花弁は、よく見ると六角形をしており風に揺れていた。


 そして何より目を奪うのは噴水そのものだった。


 中央から噴き出しているのは水……ではない。

 エメラルドグリーンの半透明の液体が、とぷ、とぷ、と脈打つように湧き出して流れ続けている。


「この噴水は地下の、実体化して液状になった魔力を汲み上げる装置らしいよ。この村のは濃度も量も少ないみたいだけど」


 初基は思わず液体に指を近づけたが、ウールに袖を引っ張られる。


「触るのはやめなさい。魔力濃度が高いと普通の人はちょっと危ないらしいわよ」


「へー……異世界らしくて面白いな」


「汲み上げた液状魔力はこの村で利用されたり、隣の建物で瓶に詰められて王都に運ばれるらしいわ」


 村は数百人規模と小さいが、こうした設備を見ると、ただの田舎ではないことがわかる。


 三人は噴水の見えるベンチに腰掛けた。

 日差しで温まった木製のベンチが心地よい。



「それで昨日調べたこの世界の情報。気になることはいくつもある」


 初基が切り出すと、ウールは膝の上のメモを開いた。

 ロズマルさんの家にあった資料を、彼女なりにまとめたものだ。


「迷宮に侵食されるって話だけど、もう少し詳しく調べてみたわ。元々迷宮はこの大陸の南部地域のほんの一部分だけだったらしいの。砂漠みたいなイメージかもね」


「砂漠か……。それはイメージしやすいな……」


 ウールは空中に図形を描くような手振りをしながら続ける。


「だけどそれが広がって、今や大陸の二割以上が飲み込まれているらしいの」


「この大陸の広さは知らないけど、二割って相当だぞ……」


「その迷宮って何なの?」

 シールが身を乗り出す。


「資料によると巨大な立体迷路みたいな感じでしょうか?

 と言っても、中は同じ構造が延々と続くらしいので迷路とは少し違うかもしれませんが。

 例えるなら――万華鏡の中に放り込まれたような感覚らしいわよ」


「なるほど……フラクタル・ラビリンスって呼ばれる理由が分かるな」


 噴水のエメラルド色の光が三人の顔を淡く照らす。

 ウールの表情には、ほんのわずかに緊張が走っていた。



「それともう一つ気になるのはフラクタルの精霊についてだ。

 特殊な幾何学立体を生みだす魔法を使うとか」


 その言葉に、三人の間の空気がわずかに重くなる。


「出会った直後にシールが投げつけてきたものってさ……」


「……」


「……」


 長い沈黙のあと、シールが小さく口を開いた。


「私も昨日それを考えたわよ。でも、あの時以来あれ出せないのよね……」


 シールの視線は噴水の光の粒に落ちる。

 しぶきは宝石のようなひし形になり、淡いリズムで水面へ吸い込まれていく。

 青緑の光に照らされたシールの横顔は、不安と困惑に揺れていた。


「もしそうだった場合、初基はどう……思う?

 記憶がないのも何か関係があるかもしれないし……」


 ウールの声は普段よりずっと弱い。


「どうって……」


 初基は言葉に迷った。

 二人が恐れていること――「自分たちは人間じゃないかもしれない」という可能性。


「仮にそうだとしてもさ。この世界の精霊って人間に友好的なのもいっぱいいるらしいだろ。

 なら……それなら別にいいじゃないか」


「私は……自分が何者なのか分からないし……人間じゃないって言われても……。

 とにかく混乱してるよ。頭ん中ぐしゃぐしゃ……」


 その声には震えがあった。


 初基は胸の奥が痛むのを感じた。

 この世界の情報を集めることに気を取られ、二人の不安を気遣えなかったことに気づく。


「どうあれ俺たちは同じだよ。右も左も分からない異世界新参者……運命共同体だ。

 最初から三人一緒にいたってのも、多分……何か意味があるだろ」


 シールとウールは、静かにうなずいた。

 噴水の音が静かなリズムを刻む。


 三人はしばらく言葉もなく、ただ噴水を眺めていた。



 ロズマルさんの家に戻り、昼食を取る。

 腕はまだ疼いたが、自分でスプーンを持てる程度には回復している。


 三人で食べる野草のスープは優しい味で、異世界に来ても“家庭の温かみ”を感じるひとときだった。


 だが初基の頭の片隅では、あの赤い四面体のことが引っかかっていた。


(あれ、持ってくればよかった……)


 シールがあれを出す方法。

 初基はあのときの状況を思い返す。


 ――赤い少女、シール。

 ――混乱。

 ――そして、魔法少女の服。


「そういえば、あの魔法少女の服みたいなの着ないの?」


「やだよあんなの恥ずかしい」


「初基の嘗め回すような視線に耐え兼ねましたので」


「そんな風に見てないからな!?」


「あれ、どっか行ったよ。着替えのときに脱いだはずなんだけど……気付いたら消えてた」


「犯人がいけしゃあしゃあと……」


「俺盗んでないからな!?」


 しかし服が自然消滅したなら――。


「服が自然になくなったとすると……変身すれば出てくるとか?」


 ウールは頬に指を当て、妙に真剣な顔をする。


「ああいうのはね、基本的に特殊なステッキに変化する何か、もしくはコンパクトを使って変身するの。

 それのない私たちには無理よ。妖精マスコットもいないし」


「なんかやけに詳しいな……」


「特に初変身は窮地に追い込まれて、それを脱するために行われることが多いのよ。

 窮地でもない今は無理ね」


 そこまで流れるように語ったあと、ウールは咳払いをした。

 

「めちゃくちゃ早口だったし……ウール、魔法少女好きなんだな?」


「……」


 無言の肯定と受け取る。


 次の瞬間、ウールの瞳が怪しく輝いた。


「主人公の窮地と敵、ね……」


「ウール?」


「シール。そこに立ってくれないかしら。少し試したいことがあるの」


 嫌な予感しかしない。



「えっ……な、なに? これでいい……?」


 シールはおそるおそる初基の前に立つ。

 

 シールが初基の前に立つと――

 ためらいなく――


ぱさっ


 ウールが躊躇なくシールのスカートをめくり上げた。


「きゃああああああああああっ!!」


 パンツ。

 真っ赤になるシール。

 震える空気。


 次の瞬間――


赤い光が弾けた。


 床に散らばるように赤い三角形の光の粒子が飛び散る。

 その中央でシールの身体を包むように、万華鏡のような光の渦が生じた。


「ちょっ……ウール……なに……これっ!?」


「おぉー成功したわ!! 私の見立て通り!!」


 ウールは誇らしげに胸を張る。

 シールは涙目で怒りに震えていた。


「成功したじゃないわよ!!」


 そして光が収束すると――


 シールは赤いフラクタル模様の魔法少女衣装をまとっていた。

 拳の先には赤い四面体が生成されている。


 シールは拳を振り上げ――赤い四面体ごと初基に打ち込もうとする。

「パンツ見ないでよ変態!!」


「危なっ!」


 初基はすれすれで避ける。

 赤い四面体が宙を裂く。


「当たってたらマジで大怪我なんだけど!!」


「そんなの知らないわよ!!」



「さて……私も試してみるしかないわね」


 ウールはまるで当然のようにスカートの裾に手をかけた。


「ちょっ……おい……おま……!」


 しかしウールは迷いなく、

ぱっ

 と自分でスカートをめくった。


「パンツくらい減るものでもないでしょ?」


「普通は尊厳とか色々減るんだよ!」


「うーん……変身しないわね」


 ウールは頬に手を当て、真剣に考え込む。


「じゃあ……こうかな? 変身!」


 軽くポーズを決めた次の瞬間――

 青い光の粒子が弾けた。


 青い光が収束すると、魔法少女衣装のウールが現れる。


「それで変身できるなら、さっきの茶番はなんだったんだよ!!」


「ふふ……やっぱり“お約束”がトリガーなのね。 こう見えて私、お約束回収要員なのよ。 期待には応えないとね!」


 ウールはド派手な魔法少女衣装をきらめかせ、どや顔とともに謎の宣言とポーズを決めた。



 三人は庭へ移動した。

 草は短く刈られ、石畳が敷かれている場所もある広々とした空間。


 二人は変身した状態なら魔法が使えるらしい。


 シールが両手を体の前で合わせると、空中に赤い光点がいくつか生まれる。

 それらは滑らかに四面体へ変形し、鋭く輝いた。


「おお……もう使いこなしている……」

 初基は思わず息を飲んだ。


「キラキラしててかわいいでしょ?でも飛ばすともっとすごいんだから!ほら!」


 四面体は赤い光の尾を描きながら打ち出されていく。


「やめろって!! 威力抑えろ!!」


 一方ウールは、青い六面体を次々と積み上げていた。

 透明感のある青い立方体は、光を吸い美しく輝く。


「初基、ちょっと来て座りなさい!」


「なんで怒ってんだよ……」


 ウールが作っていたのは六面体を組み合わせた椅子と机だった。

 座ってみると硬いが、驚くほどしっかりしている。


「すごいな……魔法初心者がこんな家具つくるとか反則だろ……」


「才能を感じるでしょ?それじゃ、そこから動いちゃだめよ。今から私の魔法の殺傷能力を試すんだから!」


「流石にふざけんなよ!!」


「………………よくある冗談よ。 どうやら私はシールみたいな攻撃魔法は使えないみたいだからね」


「今の間は何だよ! それとお前はいつも目がマジだから怖いんだよ! 冗談に聞こえないからさ!」


 ウールはクラフト系の能力。

 まさに異世界生活をするためと言えるような、楽しい魔法だろう。



 ふいに背中に衝撃が走った。


「これ楽しい!」


「おい!魔法は人に向けて撃っちゃダメって常識だろ!」


 またも赤い四面体が飛んできて体をかすめていく。


「大丈夫だよ。威力は抑えてるから」


「抑えててもだよ!!」


 シールは笑いながら追撃してくる。


(まぁ……元気ならいいか。

昼間の不安そうな顔をしていた時を思うと、今日くらいは許してやろう)


 そう思っていた矢先――。


 シールが初基に近づき、挑発するようににやけた。


「あれー? 怒っちゃったのぉ?」


「怒らねぇよ。子供相手に本気で怒るほど大人げないことはしない」


「ふーん……じゃあ言っちゃおっかなぁ……。

 昨日初基が居眠りしてる時ねぇ……くすくす……足をさぁ……足でさぁ……くすくす……」


「てめぇ! 寝てる時は反則だろ! 何をした! ことによっては絶対許さねぇ!」


「やっぱり言わなーい! にげろー!」


「てめぇぇぇ!!」


 庭を走り回る二人。


 今日くらい許してやろうと思っていた矢先、結局追いかけっこに付き合わされることになる。


 ウールはどこか楽しそうにその様子を眺めていた。


 何をされたかは後でウールの口から聞くことになる――

それは呆れる内容だった……。



■ボードゲーム「フラクタルガールズ」TIPS4

□相似性魔法(フラクタル・マジック)


一般的な魔法とは違い、魔法陣を使わずに

“図形そのものを生成し、直接現象を起こす” 魔法。

フラクタルの精霊が使用する。

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