第3話 迷宮とフラクタルの精霊
痛い……。
最初はぼんやりとした痛みだったが次第にそれが鮮明になってくる。
不快感が波紋のように広がり、眠りの底に沈んでいた意識を嫌でも覚醒させられていく。
そして目を開けた眼前には知らない天井が視界に滲む。
光源は天井近くのランプ――暖色の灯りが、静かに揺れていた。
「いてて……」
上半身を起こそうとした瞬間、腕に鋭い痛みが走る。
包帯越しに生々しい熱が脈を打つ。
「あら、目を覚ましやがりましたか」
聞き慣れない、けれどどこか記憶とつながる声。
視線を向けると、簡素な子供服に着替えたウールが足を組んで椅子から見下ろしていた。
「ウール……? ここは……?」
「わたくし、とても怒っているのよ。
どうして自分の身を投げ出すような真似をしたの?」
「そりゃあんな状況誰だってそうするさ……」
「三人で逃げるという選択肢もあったと思いますが……」
「お前らガクガク震えてたじゃねーか。 仮に三人で逃げたとしても背中からガブリとやられてたぞ」
「そうかもしれませんが、自分からわざわざ噛まれに行くようなことは!」
ウールの声は鋭いが、その裏に隠しきれない感情があった。
会話をしていると扉が勢いよく開きシールが入ってくる。
「やっぱり目を覚ましてたんだ。声が聞こえたからさ……。それで……大丈夫?」
「手当してくれたみたいだからな。まだ動かすとかなり痛いけど」
初基の両腕は包帯でぐるぐる巻きにされているが、とりあえず失ったりはしていない様子だ。
「この世界、魔法みたいなものがあるらしくてそれで治療してもらったからね」
「魔法か……そりゃ異世界だからあるだろうな……。ところでここはどこなんだ?」
窓の外はすっかり暗くなっており、どうやら時刻は夜らしい。
「あの後、シールが大声で泣き喚いていましたので、その声に気が付いたこの村の方が助けてくださったのよ。
村のすぐ近くだったみたいで助かりましたわ」
「むしろあんたのほうが、わんわん泣き喚いてたじゃないの!」
「そうだったかしら?」
「それでその助けてくれた村の人は?」
「呼んでこようか?」
「お願い。お礼を言いたい」
◆
シールが部屋を出ていき、しばらくすると四十代ほどの夫婦が部屋に入ってくる。
初基の姿を見ると、どこか親のような表情で微笑む。
「初基さんでしたよね? お加減いかがですか?」
「おかげさまで。治療までしていただいたみたいで本当にありがとうございます」
「困ったときはお互い様ですので大丈夫ですよ。
ですが例の魔物に襲われたとかで大変でしたね。
普段はこんな村の近くにまで魔物はいないはずなんですが、運がなかったのでしょう」
表情は穏やかだが、その声の奥には薄い不安が混じって聞こえた。
男性はロズマルさん、女性はカモミナさんという名前らしい。
「ご飯を持ってきたけど食べられるかしら?」
「お心遣いありがとうございます」
「腕が使いにくいだろうしシールちゃんとウールちゃん。食べさせてあげてね」
その言葉を聞いた二人は露骨に嫌そうな顔をする。
「お前ら嫌だとしても、もう少し表情は隠せよな」
「まぁわたくしたちのために体を張ったわけですし、今日くらいは食べさせてあげるわ」
そうして夕飯はウールが食べさせてくれたのだが、終始気味の悪い微笑を向けてきたため、味がよく分からなかった。
「さぁ、初基。あーんして?」
「なんでにやにやしてるんだよ……」
「なんででしょうねぇ……。意外と楽しいことに気が付いたもので……」
「なんか怖い……」
「動けない初基に慈悲を与えているからかしらね……。 もっと感謝しなさい! もっと見すぼらしく懇願するような顔でね!」
「この子本当に怖いよ……」
その光景を見ていたシールが声を荒げる。
「初基の変態! 不潔!」
「なんで俺なんだよ……!」
◆
その日の夜。
落ち着いた空気、柔らかなベッドの上。
異世界。
魔物。
記憶のない少女たち。
あまりにもいろいろなことが一度に起こり、考えをまとめたいところだが疲労困憊が勝る。
元の世界に帰る方法はあるのか? など考えることは多くある。
しかし細かく今の状況をまとめるのは明日の自分に託そう。
部屋はベッドと机があるだけの簡素な客室。
落ち着いた洋館の内装と暖かいランプの光が心を落ち着かせてくれる。
しっかりとした建物の造りからして結構お金持ちの家にお邪魔になっているのかもしれない……。
そんな考え事をしているうちにベッドのぬくもりの中に意識は消えていった。
◆
その夜は、何か悪い夢でも見たらしい。
あんな怪物に襲われた後だ。
悪夢の一つや二つ見るだろう。
朝――暗い気持ちを抱えながらも意識は覚醒していく。
目を覚ますと窓からは明るい光が差し込んでいた。
誰かが早朝に来て開けておいてくれたのだろう。
胸の奥に小さな重さを残したまま、初基はゆっくり体を起こした。
すぐにシールが食事を持ってくる。
「はい口開けて。 怪我人なんだから動かないで」
シールはウール以上に丁寧にこなしていく。
「何よ、にやにやして?」
「いや、口拭いてくれたり優しいんだなって……」
それに対してシールは不機嫌そうに舌打ちで返答する。
「ありがとうな。シールぅ……」
言い終わる前に拳が腹に打ち込まれる。
「なんで……!? あの……一応怪我人なんだけど……!」
「別に私、優しくはないから……。 さっさと食べてさっさと治してよね……。 めんどくさいからさ……」
「ツンデ……」
また言い終わる前に拳が腹に打ち込まれる。
「次それ言ったら顔面に行くから」
「……善処します」
◆
朝食が終わった頃、ドアが軽くノックされた。
「失礼しますよ」
ロズマルさんが入ってきた。
その柔らかな笑みには、大人の余裕のようなものがある。
「初基さん、具合はどうでしょう?」
「まだ痛みますけど……だいぶマシになりました。本当に助かりました」
「これくらい気にしないでください。
むしろ、あんな危険な魔物が村の近くで出たことのほうが驚きですよ」
ロズマルの視線は窓の外へ向く。
優しい眼差しの奥で、薄い警戒心が揺れていた。
「それで初基さんたち三人は辺鄙な田舎から来たとか」
それに対してシールが耳打ちしてくる。
「そういうことになっているから」
確かにいきなり異世界から来たと言っても驚かせるだけなので、旅人とでもしておくのがいいのかもしれない。
「ここも田舎の方ですけど、ここより南方というとやっぱり迷宮に関わることだったり?」
「そう……ですね……」
この世界のことはよく分からないため、答えに迷い曖昧な返事をする。
「例の魔物を避けて逃げてくる方がいるというのは聞いてはいましたが……。
でも初基さんが襲われたように、ここらにも相似性の魔物が出始めているんですよ。
迷宮からは、だいぶ遠いはずなんですけどね」
「そうなんですね……」
「いろいろと訳ありなのは三人の様子を見ればなんとなく分かりました。
南の地域ではそういった人が最近多いみたいなので。
でも困っている人がいたら助けるが私のモットーですのでね。
これも何かの縁で他に必要なものがありましたら遠慮なく言ってください」
ロズマルさんは髭の生えた顔でにかっと笑うと、そんな暖かい言葉をかけてくれる。
その優しい笑顔に思わず涙が出そうになる。
弱ってるときに優しくされると涙が浮かぶときあるよね?
そういう感じだ。
その自分自身の反応で、まだ異世界に来たという現状に混乱しているのだと実感をする。
「それにしても随分と変わった服を着なされていましたね。特に女の子二人は……」
「まぁ……そうですね……」
それについて聞かれると反応に困る。
苦笑いしつつも、曖昧に答える。
魔法少女の格好なんて異世界の人はどう思うのだろう。
魔法少女という存在を知っている自分ですら、実際に着ている二人の姿はどうかと思ってしまったくらいなのだから。
「娘の古着ですが二人にぴったりのサイズのが残っていて良かったですよ。仕舞い込んでいましたから」
二人が今着ている子供服のことだろう。
「何から何まで本当にありがとうございます。なんとお礼を言っていいものか……」
「いいんですよ。事情が事情ですからね。妻もあの子たちと話せて楽しそうにしてますから」
その後はこの村のことなど差し障りのない雑談をした後に、少し考えていたことを切り出す。
「あの厚かましくも重ねてお願いがあるのですが。
腕が治るまでの間、時間を潰すために本など読み物をお借りしてもよろしいでしょうか?」
この世界の事情を知るのに、本のような情報媒体に触れるのは有効なはずだ。
どこかで見てきたらしいウールに、この世界の文字はなぜか日本語の知識だけで理解できるという情報は伝えられていた。
これも異世界転移などではおなじみだが、この世界でもそうらしい。
「それでしたら本棚にありますので、ご希望のものがあれば」
「ありがとうございます」
「それでは。私はまだ仕事が残ってるので。初基さんは治るまでは、どうか安静にしていてください」
ロズマルさんに再び感謝を伝え見送った後、三人で話し合いをする。
「迷宮とか相似性の魔物とか、よく分からない話が出てきましたわね」
「本棚からそこら辺の事情が分かりそうなものがないか、探してみようかなって」
◆
休憩や居眠りを挟みつつ、一日を情報収集に使う。
ロズマルさんは商人で、今自分たちがいるのはお店の二階らしい。
商家だけあって、この家の中だけでも多くの本や資料を借りることができた。
資料から分かったことは、現在自分たちのいる大陸の南方には自己相似迷宮(フラクタル・ラビリンス)という迷宮のようなものがあるらしい。
そして近年ではその迷宮が範囲を拡大、侵食を進め、飲み込まれる土地が増えているそうだ。
その迷宮近くには相似性魔獣という狼や蛇などを中心に、多数の首を有する魔物が大量発生しており、その原因の調査が進められている。
そういった異質で危険な魔物は南方から押し寄せてきているために、この大陸の人間は北方に移り住むという事例が近年多いようだ。
先ほどの会話は、自分たち三人もそういった人間であると勝手に誤認されたらしい。
「とりあえず俺たち三人は移住先を探しに来た、南方地方の人間ということにしよう」
「そうね。とりあえずそういうことにしておきましょう」
さらに資料を漁っていて気になったのは、フラクタルの精霊と呼ばれる存在である。
いずれも女性かつフラクタル様の魔法を使う、精霊の一種とされている。
それに関する資料は少なかったので、ロズマルさんにも聞き情報をまとめてみる。
◆
〇通称スノウフレーク。
雪の結晶のようなフラクタルがベースで複数種類確認されている。
王冠をかぶった女王個体は山一つを一瞬で凍らせるほどの魔法を操り、西方に氷の迷宮と氷の城を構えているらしい。
〇通称ジャギー。
棘のようなジグザグのフラクタルがベースで一体のみ確認されている。
黒い二本の角があり棘のような王冠を被っている。
この世を滅ぼせるほどの力を持っているとされ、黒い棘により破壊しつくされた地域が何か所もあるらしい。
神出鬼没の天災に近い存在と認識され、もしどこかで見かけることがあったら急いで逃げるようにとのこと。
〇通称サーキュラー。
大きな円の中に様々な大きさの円を敷き詰めたようなフラクタルがベースで、複数種類確認されている。
ベースが単純な図形だからか圧倒的な魔力効率で、とてつもない同一個体数を誇る。
キクロスという街でなぜかすし詰め状態で住んでいるらしい。
〇通称ブランマンジェ。
頭の上に独特な形状の付け耳を付けていると言われるが、その二つの盛り上がりはフラクタル曲線の一種らしい。
一体のみ確認されており、魔力から食材を生成できるとのこと。
誰にでもデザートをふるまう伝説のパティシエらしい。
「最後の奴だけなんか能力しょぼくないですかね」
「そんなことないですよ。 ブランマンジェ様は人間との関わりが深く、尊敬されているお方なんです。 近年お姿を見せていないようですが……」
有名どころをいくつか聞いただけなので他にもまだまだいるらしい。
性質も人間に害をなすものから友好的なものまで様々だとか。
友好的なものであっても、それらの争いに巻き込まれたりいろいろあるらしいが……。
■ボードゲーム「フラクタルガールズ」TIPS3
□迷宮とフラクタル精霊の基礎知識
△この世界では魔法は魔力を操作し、特定の図形(魔法陣/魔法図形)を通して発動するのが一般的。
しかしフラクタル精霊はその図形を外部から与えず、自ら生成して操る種族とされる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます