第2話 森の中へ


「この三角のは何? というかこんなのどこから出したの?」


 三人で例の赤い四面体を眺めながら、初基は投げつけてきた赤い少女に訊ねた。


「分からない……気がついたら手に持ってたし……」


「それで二人は自分の名前は分からないのに、なぜだか相手の名前だけは知ってる、と」


 赤い少女は“シール”、青い少女は“ウール”。

 ただのニックネームなのか、本名なのか、それすら不明。

 自己紹介をしようにも、まともな情報を持っているのは初基だけだった。


「訳の分からない状況……無から出てくる謎物質……記憶喪失の美少女……。

 ここまで条件が揃えば、俺でも分かるぞ。これは異世界転移ってやつか……?」


「え、なにそれ?」


「……」


 二人の反応はイマイチだったが、初基の中では確信に近かった。


 そこで、それまでずっと状況を観察していた青い髪の少女――ウールが口を開く。


「もう考えても仕方ないわね……。とりあえず、少し遠くまで探索してみない?

 日が暮れる前に何か手掛かりを見つけないと困ると思うの」


「確かに、暗くなったら動けなくなるな。ここが異世界かどうかはとりあえず保留で……」


「それはいいけどウール、こいつ連れて行くの?」


「この森に何がいるか分かりませんもの。囮くらいにはなるでしょう」


(……今“囮”って言ったよな?)


 何か物騒なことが聞こえた気がするが、聞かなかったことにした。



 三人は道なき道を進んだ。


 体感で一時間ほど歩いたが、どこまで行っても森、森、森。

 出口の気配はまるでない。


「本格的に遭難だな……。って二人とも大丈夫?」


 二人を見ると、うずくまり疲れ切っていた。


「すこし……休憩……」


「どうしてわたくし……こんなことを……」


「ごめん。暗くなる前にどうしてもこの森を抜けたかったからさ……。二人ともまだ小さいのにペース早かったよな?」


「私たちはもう大人だってば!」


「子供扱いは不快よ……」


 口調は強いが、疲労で覇気はない。


「よし、休憩しよう」



 二人は疲れた顔で座り込む。


 その横に初基も腰を下ろそうとした――その瞬間。

 遠くから草木の擦れる音がした。


「二人とも静かに……。何か近づいてくる……」


「何かって何よ?」


 音は徐々に大きくなり――

 やがて草陰から、姿を現した。


 それは狼のような生き物なのは間違いない。

 しかし、あまりにも異質すぎるその姿に、嫌でも視線が釘付けにされる。


 その生物は三つの首で三人に視線を合わせ、涎を垂らす。


「なんだよこいつは……!」


 大きさこそ大型犬ほどだが、ファンタジー作品に出てくるような三つ首の狼――ケルベロス。

 まさにそれが目と鼻の先にいた。


 二人の少女は恐怖で腰を抜かしていた。


 初基は自分でも理由が分からないまま、震える足で降ろしかけた腰を上げる。


 自分一人だったら絶対に立ち上がれなかっただろう。

 しかし、震えて涙を流す二人を横目に見た瞬間、体が勝手に動いた。

 会ったばかりなのに――なぜだか守らなければと思った。


(ここで俺が倒れたら……こいつら、終わりだ)


 あまりにも現実感のない光景なのが、逆に背中を押した理由でもあろう。


「なんで最初からこんな奴が出てくんだよ……最初はスライムがテンプレだろうがよ……!」


 しかし動いた後で全身の震えが止まらず、つい泣き言が漏れる。


 三つ首の狼は腰を低く構え――跳んだ。

 その動作を見て思わず叫ぶ。


「お前ら逃げろ!!!」


 ――次の瞬間、激しい衝撃。


 初基は地面に叩きつけられ、両腕に激痛が走る。

 なんとか首を守ろうとして両腕で牙を防いだ代償だった。


 尖った牙の食い込み――痛み――抉られるような激痛――


 腕から――溢れていく――流れ出す――自分の血――生暖かい血――


 ――狼の荒い息――


 ――頭は真っ白になる。


 二人は逃げることができただろうか……。


 回らないはずの頭で……なぜかそれだけが浮かぶ……。


 ――続く――目の前の激痛――。


 異世界転移といえば……何かしら能力を持ち込んだりできるもの……。


 この様子からしてそんな淡い期待も……。


 だが――  突然――。


 ――狼は動きを止めた。


 理由は分からない。


 ――三つの首がゆっくり、腕から口を離すと草むらの方を向く。


 ――何かを威嚇するように低く唸る。


 そして――向きを変えると、森の奥へ走り去っていった。


 ――何が起きたのか分からないが……とにかく助かった……。


 ――少し間をおいて、震えた声がかけられる。


「おにーさん!……大丈夫!?」


「初基! 大丈夫ですか!?」


 二人は逃げず、すぐ近くにいたようで恐る恐る近寄ってくる。


 初基の両腕は血まみれで、シャツも赤く染まっていた。


 二人が無事だと確認した瞬間――

 安心のせいか、あるいは失血のせいか、意識が暗闇に沈んでいく。


 薄れゆく視界の端で、草陰に“白い人影”が立っているのが見えた。


 だが、それを確かめる余裕は今の彼にはなかった。


■ボードゲーム「フラクタルガールズ」TIPS2

□魔物紹介


△相似性狼(フラクタル・ウルフ)

三つ首のウルフ。

この世界では近年、狼や蛇などを中心に、かつて存在しなかった多数の首を有する魔物が大量発生している。

原因は調査中……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る