1-42 決着

今この場に残ったプレイヤーはヤルダバルトだけとなった。アラクネーの双剣は深々と地面に刺さり、彼女は両手に力を込めてそれを引き抜こうとしている。ヤルダバルトはアンクルコミーへ蘇生呪文を詠唱終了すると同時に回復ポーションを投げつける。当然ながら一度に呪文は一つしか唱えられない。故にヤルダバルトは詠唱が必要な回復呪文ではなく、効果量こそ少ないが投げ込むだけでいい回復ポーションを使用した。これにより体力全回復とはいかなくともアンクルコミーは行動可能になり、彼はすぐさまスモークボムとタイムボムをアラクネーへ投げつけた。その様子を確認してヤルダバルトは床に転がっているカルマリオンの方へ向かう。戦況を眺めていたカルマリオンの浮遊霊が駆けつけたヤルダバルトに気が付いた。


「よくアンクルコミーを蘇生してくれた! このまま効果時間切れまでいけそうか?」


「いや、そうでもねぇ。これでひとまず戦線は持つだろうが、この後眷属を呼び出されちまったらどうしようもなくなる」


ヤルダバルトが眷属への対策として用意した作戦は、カルマリオンがそれらを誘導しアラクネーの攻撃範囲へ誘い込み、彼女の攻撃に巻き込むことで殲滅するというものだった。故に何としてもカルマリオンを蘇生し戦線復帰させければならない。ヤルダバルトの残りMPは自然回復を加味して回復魔法一回分とあと少し、蘇生魔法を使うことはできなかった。


「まだかヤルダバルト! 眷属召喚は先程の全体攻撃以降から使い始める技のはずだろう!?」


「MPが足りねぇんだカルマリオン、蘇生魔法自体が使えねぇ!」




「ならばMPが回復するまでヤツが眷属召喚をしないよう祈るしか無いということか……!」


「――いや待て、あった! 秘策ならある!」


ヤルダバルトはインベントリから毒針を一本取り出し、口を開けてそれを握りつぶし針先から飛び出た中身を飲み込む。瞬間彼のMPが二割回復し、蘇生魔法が使用可能となった。すかさずカルマリオンへ蘇生魔法を唱え、復活を確認して回復ポーションを投げ込む。ヤルダバルトが飲み込んだのはフォレストヘンプから抽出した薬であった。先程の実験で、『クリファン』のデータで使用した場合はMPを即時回復させる効果があると判明していたのである。ただし、副作用で思考が極めて不明瞭となる大きなデメリットも存在していた。この状態で戦闘など不可能であり、一度副作用が現れるとそれは戦闘離脱と同義であるとヤルダバルトは認識していた。幸いにもヤルダバルトが毒針を握りつぶした時に薬がかなり飛び散ったようで、標準的な一回分の使用量には足りていなかった。無論回復量も本来のものに比べかなり少ないが、その分副作用も軽減される。ヤルダバルトに副作用が現れ、彼の目は焦点が合わなくなり、口は半開きのままになった。


「わり、カルマ。あとまかせた」


「ああ、任された。しばらく休んでおけ、ヤルダバルト」



カルマリオンが戦線復帰し、アンクルコミーと共にヤルダバルトからアラクネーを引き離す。アラクネーは回転攻撃と共に辺りへ卵を撒き散らす。卵からは次々と雑魚エネミーである眷属が産まれ、周囲のエネミーのヘイトを集めるスキルを使用したカルマリオンに向かって殺到した。カルマリオンとアンクルコミーの眼前にはアラクネーが双剣を構え、背後には無数の眷属達が今にも襲い掛かろうとしている。


「やれるな、カルマリオン」


「ああ、やってくれアンクルコミー」


アンクルコミーはスモークボムを起動し、辺りは濃い煙に包まれる。アラクネーはその巨体ゆえに人間体の上半身がその範囲外にある。煙の中からフラッシュバンの破裂音が響き、同時にカルマリオンとアンクルコミーが飛び出す。二人を見失っていたアラクネーの顔面目掛けてカルマリオンが盾を投げつける。


「こっちだ、木偶の坊!」


「口だけは達者なハエが! さっきからピンシャカとうっとうしいんだよ!」


アラクネーはカルマリオンに向かって突進し、蜘蛛体の口で喰らいつこうとする。その瞬間、アンクルコミーが大きく開かれた口内へボムトラップを投げ込む。外殻で覆われていない体内で爆弾が炸裂し、アラクネーがよろける。突進の軌道が僅かに逸れて、カルマリオンは間一髪で攻撃を回避することができた。スモークボムの煙が晴れると、そこには無惨な姿になった眷属達の亡骸が残っていた。先程のスモークボムの中でアンクルコミーはフラッシュバンを使用し、雑魚エネミーをスタンさせることでアラクネーの突進に巻き込んだのである。通常時ならアラクネーも眷属を巻き込むようなことはしない。こうした判断力の低下もまた、『OSAKA』の薬の効果が現れている証拠であった。そして、ついにその時がやって来た。突然アラクネーの動きが一気に鈍る。


「ぬぐっ、この小うるさい羽虫どもが、一体何をした!」


彼女はアンクルコミーとカルマリオンを叩き潰そうとメチャクチャに双剣を振り回し、蜘蛛体も地団駄を踏んで暴れまわる。だが、先程までの動きとは打って変わってあまりにも大ぶりで雑になっていた。三人がアラクネーに撃ち込んだ薬は主作用こそ世界の動きがスローに感じるものであるが、効果時間が切れて副作用が現れると効果が真逆に反転する。つまり世界全ての動きが早回しになったように感じるのである。いくつか用意した薬の中でヤルダバルトがこの薬を最初に使った理由がここにあるあった。主作用と副作用の落差が極めて大きいということは、この効果に適応していない者は副作用が出た途端に間違いなく大きな反応を見せることを意味する。薬の副作用が現れたことを確信したヤルダバルトは、粗製銃に込められていた毒針を抜いて、また別の薬を仕込んだ毒針を弾倉に込めた。


「さーて、そろそろ反撃開始と行くか! リロード、次の薬だ! 早いことブチ込んでくれ、アンクルコミー!」


「了解した、ヤルダバルト! ようやく勝ちの目が見えてきたな!」


だが、アンクルコミーが追撃を加えようとした瞬間、アラクネーは尻を振り回して辺りに大量の卵を撒き散らす。眷属に戦闘を任せて副作用からの回復を待つつもりらしく、大きく飛び退いてプレイヤーの三人から距離を離した。撒き散らされた卵が孵り始めたが、産まれた眷属は一向にプレイヤー達を襲う気配がない。むしろ白目をむいてぐったりとうなだれる個体や、よだれを垂らしたまま横になって動かずにいる個体もいた。ヤルダバルトがアラクネーに吠える。


「よう、妊娠中は薬なんか使っちゃならねぇって学ばなかったのか、おかぁぁああさぁぁああん!!!」




「無理矢理使わせたのはお前たちじゃないか!」


当てが外れたアラクネーはそう言いながら双剣をヤルダバルトめがけて振るうが、軌道が読みやすい素直な振り下ろしは彼に当たらず空を切る。そのスキを狙いヤルダバルト達は一斉に粗製銃を向け、リロードを繰り返しながら次々と毒針をアラクネーへと撃ち込んでいく。


「なんだ、なんだいこれは!? 視界が、歪んで……いや、一体何が見えている!?」


「ハハハ、謹製の幻覚剤は効くだろう」


「もう安全か、ヤルダバルト?」


「ああ。これでヤツは今、高速で千変万化する幻覚や幻聴に襲われているはずだアンクルコミー。つまり視覚も聴覚も完全に奪ったことになる。これでもう、後はなんとでもなる。とりあえず俺達が体力を削り切るまでまともに動けなくなるよう、念入りに薬を撃ち込んでやらないとな」


「アンタ達、あたしに恨みでも、あるって……いうのかい?」


「恨みはないが、死んでもらう……何ていうのは陳腐に過ぎるか。あ、いや、確かに一つあったな恨みが」


「い……一体、何……さ?」


「これから殺されるはずの、フォルストン卿のかたきだ」


ヤルダバルトは粗製銃に毒針を込め、アラクネーの眼球へ向けて引き金を引く。バトルフィールドに彼女の悲痛な叫びがこだました。

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