1-2 日常 その2
「それはそうとヤルダバルト、君のコーヒーが飲みたい。淹れてくれないか?」
「へいへい、御曹司様の仰せの通りにっと」
ヤルダバルトはカウンターの向こう側へと移ると、慣れた手つきで棚に陳列されていた瓶からコーヒー豆を取り出し、ミルへと注ぎ込む。ヤルダバルトがハンドルを回すと挽きたての香ばしい香りが広がり、しっとりとしたジャズの旋律とコーヒーミルの音だけが部屋の中に響いた。そこでふと、カルマリオンがヤルダバルトへと声をかける。
「しかし、君はそろそろ卒論について考えなければならない時期だろう? ……テーマの候補くらいはあるんだろうな?」
「やめろ、やめてくれカルマリオン。その言葉は俺に効く、勘弁してくれ……何なら就活についても考えたくねぇよ……就活情報の山……嫌というほど書かされる履歴書……丸暗記する志望動機……面接という名の大喜利大会……謎に意識が高くなるクラスメイト……うっ頭が……」
「ハハハ、少なくとも就活に関して言えば君は心配する必要ないと思うがね」
「くそぉ、自分は社会人だからって余裕ぶりやがってよぉ。そもそもカルマリオンは縁故で採用されて就活もしちゃいねーだろが」
そうぼやきながらヤルダバルトはミルから黒い粉をドリッパーの上に置かれたフィルターへ乗せる。ヤルダバルトがケトルから熱湯を挽かれた粉に注ぐと、コポコポという音を立ててかぐわしい液体が下の器に満ちてゆく。ちょうど三人分の目盛りまでコーヒーが出来上がり、ヤルダバルトはそのまま装飾がない白磁のコーヒーカップ三つへコーヒーを注いでカウンターへ置いた。カルマリオンがそれを一口すすり、続けてヤルダバルトが隣に座って自分のコーヒーに口をつける。
「そういやクリムゾンメテオはどうしたんだ? アイツは別に今日が大会とかじゃないだろ」
「我らがプロチーム『ラスト・ブレード』のトッププレイヤー様は、君が用意した機体の慣らし運転をしているところだろうさ。そのために今日一日オフでスケジュールを組んでおいた。もうじきこちらへも顔を出すんじゃないか?」
「ああ、そういうことか。お前、今日は俺がクリムゾンメテオに渡した新機体のチェックも兼ねてこっちにログインしたってわけだ」
「そういうことだ。なにせ今度の大会でクリムゾンメテオが乗ることになる機体だ、僕としてもせめてどういう動きをするのかくらいはチェックしておきたい。君が雑な仕事をするなんてこれっぽっちも思っちゃいないが、それはそれ、これはこれだ。広報の映え方などを考える必要もある」
「プロゲーミングチームのマネージャーさんともありゃ、考えることも多いんだな」
「そう難しいことでもないさ。新機体のお披露目ともなれば、それだけでも十分華になるからな、言うほど苦労はないよ。さて、クリムゾンメテオの方は……む、今日はまだ対戦もしていないのか」
「なんだ、まだ実際にチェックはしてなかったのかよカルマリオン」
「僕も打ち合わせがついさっき終わったばかりだからな。結局手隙になった時間で言えば君と大差なかったさ」
カルマリオンのその言葉を聞いて納得したのか、ヤルダバルトは一つ頷いて手元のコーヒーをすする。それと同時に新たな光の柱が立ち上り、その中から一人の男が現れた。頭上のプレイヤーネームにはクリムゾンメテオと表示されている。彼は二人に向かって軽く手を振ると、空いているカウンターの席に座り、目の前に用意されているコーヒーを一口飲んだ。それを見てヤルダバルトはカルマリオンを挟んで声をかける。
「よう、クリムゾンメテオ。機体のチェックはどうだった?」
「あいにくまだできてはいない。実のところ私は今ログインしたばかりでな、チェックどころか触りすらしてしない」
「おいおい、今日は一日空けてたんじゃなかったのか? 俺はカルマリオンからさっきそう聞いたぞ」
「なに、妹がな。私のオフを知って久しぶりに昼食でも、などと言うものだから付き合っていた。せっかく待機してくれていたのにすまないな、二人共」
「別にそのくらい構わないさ、クリムゾンメテオ。それに、しばらく君のオフの時間をとれていなかったというのも確かだ。その様子を見る限り、良い時間を過ごせていたのだろう? ならそれで良いじゃないか。なぁ、ヤルダバルト」
「おうよ、俺もカルマリオンも、このくらいでいちいち目くじら立てるわきゃねぇだろ?」
「ありがとう、そう言ってくれると助かる」
今、彼らが居るこの空間もまたVRMMOゲームの一つだ。その名は『ビルプラバトラーズオンライン』。現行のVRシステムを使ったVRMMOゲームでは、二番目にサービスを開始したゲームである。このゲームは現実で作成したビルドメカプラモデル、略してビルプラをゲームの中に持ち込む、あるいはゲーム中で作成しそれを実体化させ、自由に操縦できることを売りとしている。実体化させるための条件はただ一つ。【プラモデルである】ということのみである。極端な例を挙げればフルスクラッチ、つまり専用の素材で粘土をこねるように美少女フィギュアを作って実体化させ、それをアンドロイドとして乗り回すことも可能だ。流石に版権の問題があるのだろうか、他社から発売されたプラモやフィギュアを持ち込むことはできない。しかし、そのような機体ですらフルスクラッチで作られたものであればあくまで自作物という判定で実体化が可能なため、その自由度は極めて高い。実体化した機体を砂漠や草原、ジャングルの中や更には宇宙空間でプレイヤーの思うままに操縦することができ、何よりその様々なフィールドで実体化させた機体を操り派手な戦いを楽しめる。プレイヤー同士の二対二や更に大規模な対人戦のほか、プレイヤーが操作していないノンプレイヤーキャラクター、すなわちNPC相手に戦うこともできる。多種多様な楽しみ方が存在するこのゲームにおいてヤルダバルトは自分で思い描いたギミックを機体に仕込み、それを実体化させて動かすことを彼なりの楽しみとしている。このゲームが、ヤルダバルト、カルマリオン、クリムゾンメテオの三人が今一番遊んでいるVRMMOゲームであった。
「さて早速慣らしを始めるとしようか。せっかくだ、私がクローズドルームマッチの部屋を立てよう。まずはタッグで機体を動かしてみたい。相方を頼めるか、ヤルダバルト」
「そこで俺かよ!? せっかくだーって言うんならカルマリオンも含めた三人全員で三対三とかでやりゃあ良いじゃねぇか」
「残念ながらヤルダバルト、僕は第三者の視点から新機体の動きをモニターしておく必要がある。僕も参加したいところだが、これでも仕事だからね、やるべきことはキチンとやらなきゃならないのさ」
「ああ、そりゃそうか。ならいいぜ、タッグでやろうクリムゾンメテオ」
「よろしく頼む、ヤルダバルト」
ヤルダバルトとクリムゾンメテオの二人は互いに頷くとコーヒーを飲み干す。クリムゾンメテオが中空に浮かぶ半透明のコンソールを操作すると、ヤルダバルトにクローズドルームへの招待通知が届く。ヤルダバルトが迷わず『参加する』のサインを選択すると、先程と同じような光の柱に包まれ、次の瞬間にはこのクランハウスから二人の姿は消えていた。
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