第3話
実際のところ、状況は僕が想像したよりも悪かった。
「先輩、……分かって私に腕を貸してくれたんですよね。もう、時間がないって」
「……何のことだ?」
キリィは全て見透かしたような態度で僕を問い詰める。
「『短期予測不能』『長くとも半年』……研究者として、あなたは口ではそう言いますが。普段は緊迫した状況でもどこかだらしないあなたの、ここに来るまでの急ぎよう、そして私が足を挫いたと分かった後の呆気ない減速──それを見ていれば」
僕はどきりとする。
「あなたは自分の仮説が正しいことに気が付いて焦っていたものの、今は既に手遅れになっているから諦めたのだということくらい、分かります」
「……。そんなことまで正解しなくていいのに──キリィエン」
キリィは足を止めた。彼女はまた涙を流していた。僕も立ち止まって、嘆息する。
「……別に、論文にもならない僕の予想なんて当てにならないだろう。確かに、最速の予想ならもう間に合わない。だけど歩き続けることに意味はある」
「あなたの予想は当たります」
「どうして分かる?」
「私が、あなたの助手だからです」
「…………」
僕は何となく、忘れてはまずいお偉いさんに対してしか使ったことのない人物認識システムを立ち上げて、キリィの情報を視界に表示した。
キリィエン=ニ・シフォン。25歳。女。マードキャンズ研究所所属。開示されているのはそれだけだ。だが僕はもっと彼女のことを知っている。僕は情報を噛み締める。
「先輩、愛してます」
「へ?」
僕がシステムのテキストに合わせていたピントを戻すと、彼女は、まっすぐに僕を見ていた。彼女の愛の言葉はあまりにも唐突で、純粋で、僕は聞き間違いかと疑った。
だがすぐに、彼女が僕の胴体にぎゅうと抱きついてきたので、聞き間違いではないと分かった。
「……自由なあなたが好きです。誰よりも平和を愛するが故に、ふと滅亡の予言ができてしまう、それを確信すれば命をかけることができてしまう、そんなあなたが好きです」
「キリィエン、」
「だから、私たちはここで終わりなんですね」
キリィはそう言って、防護服のマスクを外した。僕はゾッとして「キリィ‼︎」と叫んでそれを戻そうとするが、それよりも早く彼女はマスクを放り捨ててしまう。
僕の頭は真っ白になった。
「先輩も脱いで。……シェル先輩」
キリィが。キリィがいなくなってしまう。その恐怖で動けなくなった僕の首元に、彼女は手をやって、僕のマスクを外した。
「大丈夫ですよ、先輩、少し曝露したくらいでは死にはしません。私たちは████衝突と同時に、二人で、逝けます」
「キリィエン……」
キリィは背伸びをして僕にキスをした。僕のファーストキスだった。僕の肉体はその柔らかくて温かい感触に否応なしに歓喜したが、それだけだった。
僕は英雄になれなかった代わりに、彼女の愛をもらった。
手先の感覚が明滅する。██波を直接浴びた影響だ。
英雄になりたかったわけじゃない。彼女に愛していますと言われて嬉しくなかったわけじゃない。だけど、僕は後悔している。なぜもっと早くここまで来れなかったのだろう? 最初から必死になっていれば、僕たちは幸せになれたかもしれないのに……。
「僕の予想は外れる、キリィ、なあ、だから──」
自らの研究成果を否定する悪足掻き、それが僕の最期の言葉だった。
線路の奥から暗闇が迫ってくる。生命の天敵。██波。████次元の吐息。
「さすがです、先輩」
「────」
何がだよ! と僕は心の中で吐き捨て、彼女の賞賛を拒絶した。
「……自由な先輩が好きでした。でも、必死な先輩はもっと格好良かった。さっき、私のために動揺してくれて嬉しかった。もっと早く私が素直になっていたら……何か違いましたか? ねえ、先輩、私のこと──」
キリィの質問は核心をついていた。
だが、全てが無に帰ることへの諦念に支配されて、僕は答えることができなかった。
僕たちの存在は、これより██される。
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