メイド喫茶

 薬物で捕まった芸能人が、多額の保釈金を支払って警察署を出るや否や深々と腰を折り、神妙な面持ちで謝罪と反省の言葉を口にする。


 ああいうニュースが流れるたびに、母親は言った。


「お前はこんな風になるなよ」

 と。


 その時は冷静に、なんで私が覚せい剤とかコカインとかやる前提なのと純粋に疑問だったけど母親は私の〝ヤク中としての可能性〟を早々に見出していたのかも知れない。


……とまあ、こんなわけで。


 私は、保釈された。

 シャバが恋しかったわけではないが、欠伸が出るほど長ったらしい取り調べから解放され、ほっと肩の荷が下りた。


 一度取っ捕まえたヤク中を社会に出すためには、それなりに裁判所を説得しなければならないはずで、それをやってのけた高橋先生はデキる弁護士さんなのだろう。


 保釈と同時に、押収されたスマホも返ってきた。


 逮捕・勾留されている間、彼氏の友達(同じヤク中)からどのようなメッセージが入ってるか気になったので、通話アプリを開いた。


 警察や検察が捜査のため読んだためか、新着を表す緑色のアイコンが、ともだちリストの全てから消えている。


 あの人たち、取り調べしながら私のスマホを無遠慮にいじくり倒してたしな。


 少しでも多くの証拠を見つけるために、鬼の形相と血眼で私の交友関係を漁っていた刑事たちと会わなくて済むと思うと、ちょっとは気が楽になる。


 私の知り合い(全員ヤク中)からの新着メッセージがいくつか入っていたが、逮捕された日を境にメッセージがぱったりと止んでいた。


 私が逮捕されたのを、どこかで知ったのだろう。

 というか、私、20歳だから普通に実名報道されてるよね。


 自分にまで火の粉が飛び散らないように、彼らは私との関わりを避けている。

 

 まあ、当然だよね。


 捕まると、面倒くさいしね。


 特に失望せず、私は彼氏にメッセージを送ろうとしてやっぱり止めた。


 彼が私のメッセージを開くのは、数年先のことになるだろうから。


 薬物を辞めるにしても辞められなかったとしても、もう一度彼と一緒にくっつこうと思えるほどの愛が全くない。




 死刑囚も収容されているらしい施設の自動ドアをくぐって、いよいよ外に出る。

 

 張り出した庇を支える太い柱の陰に、もたれている人物がいた。


 ゲームにでも熱中しているのだろう、片手に持ったスマホを注視しながらもう一方の片手で前髪を弄んでいる。


 その人物に近づくにつれ、全貌が明らかになっていく。


 裾の広がったカーゴパンツ。ポケットがいっぱいついている。

 オフショルのトレーナー。

 着崩したドカジャン風のジャケット。

 アニメのキャラクターが描かれたショルダーバッグ。

 そしてアラレちゃん眼鏡。

 面会の時と変わらないラフな服装に安心した。


「高橋先生」


 私の弁護人は、私の顔を認めるとニッコリ笑った。


「おはよ。ちょっと顔色、マシになったね」

「先日はお世話になりました」

「いやいや、まだ終わってないよ! ってか、あたしが貸した服、超、似合うじゃん」


 爽やかなウインクと共に、サムズアップされてしまった。お世辞なのか本音なのかいまいち区別がつかない。


 面会に来てくれる身内がいないので、私の服を届けてくれる人はおらず、勾留中は拘置所の貸与品であるつなぎを来ていた。


 保釈されると、つなぎは返却しなくちゃいけないのでどうしようと相談すると高橋先生が差し入れで貸してくれたのだ。


 古着屋さんで売ってそうなダボついたジーンズ、右肩が丸見えのトップス。

 私の趣味ではないけど、あのダサいつなぎよりずいぶんとマシである。


「よっし。じゃ、行こっか」


 高橋先生がゆったりと歩き出した。


「何処に行くつもりですか?」

「ん〜、どうしよっかな。あのさ、あたしって実はこー見えてもシャイなんだよね」

「……そうですかね?」

 素で言ってるようだったが、首を傾げざるを得ない。

「だからさ、どっかでお酒が呑みたいな」

「いいですけど」

 まだ朝の10時だが、飲酒の時間は法律で規制されていないし、私も特に異論はなかった。

「ユリちゃん、お酒飲める?」

「クスリにハマる前はめちゃくちゃ飲んでました」

「あははー、ドラッグにハマる人の前兆だね」

「けど、昼間っから空いてるバーなんかありますっけ?」

「あたし達が向かうのは……」


 連れてこられたのは、メイド喫茶だった。


「お酒も飲めるんだよ、ここ」


 言われるがまま、私はメイド喫茶の門をくぐった。


 お屋敷風にデザインされたお店の扉を、高橋先生が開けると左右に勢揃いしたメイドさんが一斉に迎えてくれた。


 「おかえりなさいませ、お嬢様たち」


 つま先しか見えないほどの、ロングスカートを雅に翻したメイドさんが私たちを窓際の席まで案内してくれる。


「美しい昼下がりでございますわね、瑠璃子お嬢様。こちらのお方は、お嬢様のご友人でいらして?」


 上品さを感じさせる、秋の枯葉色の髪をゆるく夜会巻きにしたスタッフ(メイドさん)の〝えりな〟さんが、私の方に手を差し向ける。


「うん。そうだよ。ユリちゃんって言うの。とりあえずモスコミュールちょうだい」

「まぁ、瑠璃子お嬢様ったら昼間からはしたないっ」


 軽口を叩きながらも丁寧な字でオーダーを取り終え、優雅に駆け去って行くえりなさんの背中を見守りつつ、すごいところに来てしまったなぁと半ば呆然とする。


「内装も凝ってて、メイドさんも品があって落ち着きあるし、社長令嬢だった私としてはどこか懐かしいって感じる」

「ふーん……」


 なるほど、高橋先生はリアルお嬢様だったわけだ。

 まぁ、司法試験を受けれる家庭は裕福なんだろうなと想像はつく。

 

 クラシック音楽が流れる店内を見渡す。

 ステンドガラスがはめ込まれた、縦に長い窓。

 赤い天鵞絨のカーテン。

 見上げるほど高い天井には、眩い光を放つシャンデリアが吊り下げられている。今が素面で本当に良かった。クスリがキマっていたら、明るさに耐えきれずぶっ倒れていたかも知れない。

 

 アニメでしか見たことのない邸宅の広間が、見事に再現されている。


「先生はこういうところに、住んでたんですか」

「んー、さすがにこんなにデカくはないけど、メイドさんは一応いたよ」

「へぇ……金持ち」

「まあ、とはいえエプロンしてて黒スキニーに白いポロシャツ姿だったけどね」

「へぇ……現実的」

「お待たせしました、モスコミュールとダージリンティー、お嬢様が大好きなオムライス、ハンバーグステーキでございます」


 私が注文したのは、ホットのダージリンティーとオムライスだった。

 組み合わせ、完全に失敗したな。クスリ漬けだったため、食への関心が今の今まで消失していた。ってか、お屋敷の雰囲気に呑まれて酒、頼むの忘れてんじゃん。


「ユリちゃん、お腹すいてるでしょ?」

「あー、もう、すげぇ空いてます。やっぱクスリ断ちするとめちゃくちゃお腹空く……」


 しまった、私、犯罪者だった。けど、特に何も起きなかった。強いて特筆するならば、ケチャップを持った〝えりな〟さんが微笑みをキープしたままコンマ3秒ほど放心し、高橋先生がえりなさんに目配せしながら「んふふ」と含み笑いをしただけ。


 何事もなかったかのように私の失言が揉み消されたのでほっと胸を撫で下ろす。


「優里お嬢様、お外の世界はさぞ疲れたことでしょう。どうか、私が特製のオムライスを拵えましたので疲れと空腹を満たしてくださいませ」


「……それは、大変喜ばしいです」


 なんと返せばいいかわからず、わけわからん返事になってしまった私の目の前にオムライスが置かれている。


 明らかに冷凍食品のオムライスだと思われるが、まあ、そういう設定なのだ。


「お嬢様が好きなものや言葉をこのケチャップで描いて、お外の世界で疲れ切ったお嬢様を僭越ながら励ましたいのです」


「はぁ……それは大変喜ばしいです」


「無理に雰囲気に合わせなくていいよ」


 モスコミュールを半分ほど飲み干しながら高橋先生が、メイド喫茶の楽しみ方をアドバイスしてくれる。


「何か描いてほしい言葉とか、絵とかってありますか、優里お嬢様」


「ん〜……」 


 特にない、のが本音だがここは空気を読んだほうが良さそうだ。一生懸命に演技してくれてるえりなさんのためにも。


「じゃあ、私の法廷画って描けます?」


 カラン、とモスコミュールが空になる合図が聞こえた。高橋先生が追加のお酒をえりなさんにオーダーすると、えりなさんは「ちょっといらして頂戴」と手の空いた別なメイドを呼び寄せて追加のお酒を持ってくるように指示してから私に向き直り、漫画のように分かりやすい困り顔を作った。


「法廷画ですか〜?! ん〜……そうですね~」


「さすがにケチャップじゃ無理でしょ」

 と高橋先生。


「無理言いました。似顔絵でお願いします」


「申し訳ありません、優里お嬢様。私、絵画は嗜む程度でございますから」


「この子、めっちゃ絵、上手いよ」


 高橋先生の言うとおり、えりなさんにはイラストの才能があった。


 髪の長い、可愛らしい女の子が徐々にオムライスの上に表れる。


〝・〟で表現された両目、〝_〟で表現された口。


 跳ねた毛先のミディアムヘア。


 確かにこれは、私そのものだ。


「へぇ、やっぱ似てるねぇ」


 ものは言いようだな、と高橋先生の口の上手さに私は感心した。


「ふぅ〜……疲れましたわ。優里お嬢様の可愛らしさを、私の拙い筆力で精一杯描かせて頂きました。お粗末さまです」


 ケチャップを、傍にいた別なメイドさんに渡し終えてから、クラシックスタイルのロングスカートをたくし上げて、お辞儀をする。


 徹底的だな。


 メイド喫茶に感銘を受けた私は、その感情を共有したくなって思わず高橋先生を見やる。


「初めてだもんね。びっくりしちゃうよね」

「え?」


 私、びっくりはしたけど言葉にはしていない。なのになぜ私の気持ちを見透かしたんだろう?

 時折、本当に弁護士なのか疑いたくなるくらいに砕けた人だが、やはりこの人は本当に弁護士なのだ。


 その後も入れ替わり、立ち替わり別なメイドさんが交代でやってきて私たちとフリートークしてくれた。


 あるメイドさんは、私が初来店であることを知ると、「瑠璃子お嬢様と私が出会ったとき、瑠璃子お嬢様はこーんなに小さかったのに必死に勉学に励まれ、司法試験に合格、今では立派な弁護士になられて……! しがないメイドの立場から言わせて頂くのはおこがましいことですが、余りにも光栄でございます」なんて言うけれど、そのメイドさんはどう見ても20代前半だったし、現在26歳(らしい)高橋先生が幼女の時、貴方も幼女だったんじゃないですか?と突っ込みたくて笑いを堪えきれなかった。


 そしてオムライスをがつがつ食べた。


 ふと子どもの頃、食べることが大好きだったことを思い出した。


「メイド喫茶、気に入ったみたいだね」


 私の顔を覗き込んだ高橋先生の、上気した頬はどこかふしだらさを感じさせる。それとは対照的に瞳がどこまでも澄んでいて、センチメンタルな気持ちが私を襲った。その理由はわからない。けれど涙腺が緩んだ。懐かしい、と心の何処かで感じた。


 あれ、私って、こんなに感情豊かだったっけ?

 

 シャブを打てば身体全体の感覚が豊穣し、マリファナを吸えば目に見える世界の全てが美しく見える。でもそれらは、感情が豊かになったからではなく、脳にエラーを起こさせて自分を騙してるだけ。


 メイド喫茶が面白いと感じた気持ちや、涙腺の緩む感覚は紛れもなく〝本物〟だ。


 暗闇に封じ込めたはずのそれらは、また何事もなかったかのように光り輝き出した。

 

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