年の瀬:暦帳を閉じる(Silvester)

こよみ堂のシャッターを下ろす音が、通りに長く残った。

店主の雨宮朔は、入口の鈴が鳴らない角度で戸を閉めた。

外の冷気が、マットの毛先を固くする。

店の中は紙の匂いが濃く、灯りだけがやわらかい。

釣り銭トレーの硬貨を数え、帳面に一行だけ書く。

最後の一行は短いほうが、手が止まらない。

レジ背面の壁の暦へ目を向ける。

余白に、細い黒があった。

来年も、余白で会おう

店主は息を入れ、トレーシングペーパーを一枚引く。

薄い紙を余白へ重ね、鉛筆でなぞる。

なぞった線が透けて、紙の上に同じ文が残る。

店主はその紙をクリアファイルへ入れ、角をそろえた。

*

作業台の上に、麻紐で束ねた暦帳がある。

本の形をしているが、ほとんど中身は紙だ。

麻紐をほどくと、結び目が少しだけあたたかい。

一枚目を開く。

今日だけ、帰ってもいい?

紙の端が少し丸い。

次のページへ指を滑らせる。

いつでも、ここは開けてる

鉛筆の線がかすれている。

それでも読める。

開けたままの灯り、見えた

スタンドライトを一つ残した夜があった。

灯りがあるなら、迷わないで

店主はその行だけ、指で軽く押さえる。

風の匂いが変わった、そっちも

戸口の隙間から、夏の匂いが入ったのを思い出す。

雨でも、文字は滲まないよ

乾燥剤を足した日、入口の鈴は一度も鳴らなかった。

長い夕方、返事を読んだ

閉店の時間が溶けて、影が薄かった。

読めたなら、今日はそれでいい

それだけで、棚の端が整う気がした。

音が先に冷える、覚えてる

床板の鳴る音が、冬の顔になる。

覚えてるなら、まだ大丈夫

大丈夫、の字は書くたびに軽くなる。

手を温めて、ページをめくって

湯気の立つマグを、作業台の端に置いた。

言えないことは、余白に置く

封蝋の粒が一つだけ転がり、店主は拾って戻した。

店主は、いちばん上に今日の写しを置く。

クリアファイルから紙を抜き、束に挟む。

挟むと、今年の終わりが形になる。

束の端に、マスキングテープの短冊がある。

そこに小さく、小春と書かれていた。

店主は目を止め、何も言わずにページを閉じた。

閉じる指が震えていないのを確かめる。

麻紐を二回だけ巻き、端を軽く留める。

留めるのは固定ではなく、迷子防止だ。

棚の奥へ暦帳を戻し、手を空にする。

空いた手で、壁の暦を外す。

新しい壁の暦を掛け、余白の白さを確かめる。

白は広い。

広いままなら、置ける気がする。

入口の鈴を指で押さえ、戸を開けた。

入口の鈴が鳴らないまま、外の空気が入ってくる。

店主は戸を閉め、鍵を回す。

背中に店の灯りが残るうちは、帰れる。


(完)

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暦物語 Kalendergeschichte ――こよみ堂、暦の余白に現れる不在の人への往復書簡 ヒトカケラ。 @hitokakera

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