新年の客

呑戸(ドント)

新年の客

 年末年始、実家には帰らず、自分のマンションで過ごしていたという。


 部屋でひとりゴロゴロしつつ、スマホでSNSや動画などを見ていた大晦日の夜の、日付が変わった少し後。

 家のドアが激しく叩かれて、驚いて飛び上がった。


 今夜誰かが来るという予定はないし、連絡もなかった。

 独身で、独り暮らしである。


 マンションはオートロック式だから不審者という可能性は少ない。

 では他の部屋の住民の友人知人が間違えているのだろうか。

 そうであってもインターホンも押さず、名乗りもしないのはおかしい。


 訪問者はどんどんどん、と執拗にドアを叩いている。


 少し怖くなってきたので居間を出て、玄関まで行ってみた。

 百円ショップで買ってドアに下げている正月飾りが小さく揺れている。

 ドアはまだ物凄い強さで叩かれている。


「あの」

 声をかけた。

「どなた、ですか」

 するとノックはぴたり、と止んだ。


 え、と思っているとドアの向こうから。



「おめでとううううううう、ございまあああああぁぁぁぁすぅうううううううう」



 異様に間延びした声が聞こえてから、「ごぷっ」と急に喉が詰まったような音がした。


 それきり音も声もしなくなった。


 チェーンをかけたままドアを開けてみたが、誰もいなかった。

 ただ、強い酒の匂いがしたという。



 同じ日の同じ時刻、実家で祖父が急死していた。

 夜の早いうちから酒を飲んでさんざんに酔ってから、

「餅が食べたい」「餅を喰わせろ」「小さく切るな」「俺を年寄り扱いするつもりか」

 と家族に言い、焼いて砂糖醤油を付けた丸餅をぱくぱくと食べて、喉に詰まらせて亡くなったそうである。



「おめでとうございます」が知らない人の声だったら、得体の知れないモノからの厭な虫の知らせ、みたいな話になるんでしょうけど──

 そうじゃなくて。


「ドアの向こうから聞こえたのって、祖父本人の声だったんです」


 そう言って顔を歪ませる。

 悲しそうにではなく、憎々しげに歪んでいた。 



 聞けば実家に帰らないのは、祖父との折り合いが悪かったためだったそうだ。

 物心ついた時から、顔を合わせれば気に障ることばかり言われていた。

 父も母も祖母も祖父からはひどい扱いを受けていたが、しかし誰も反抗できなかった。

 身体への暴力はなかったものの、言葉による暴力が激しかったという。

 罵声や大声から遠回しな嫌味や皮肉まで、家族みんなが様々に、うんざりするくらいやられたらしい。


 だから高校を卒業してすぐに実家を離れ、以来、年末年始もお盆も家に帰らないままの人生を送っていた。


 強権的な祖父のことが大嫌いだったし、祖父も家を離れて自由に生きようとする自分のことが大嫌いだったはずだ、と語る。


「だから、いざ死ぬっていう段になって、皮肉を言いに来たんだと思うんです。お前の大嫌いな俺は死ぬぞ、よかったなぁ、おめでとう、って」


 最期の最期まで、心底、厭な人でした。

 でももう、いなくなりましたからね。

 最後の嫌がらせのつもりだったんでしょうけど。

 次のお正月からは大手を振って実家に帰れます。父、母、祖母と静かな年末年始を送れますよ。


 微笑みと共に話は終わりかけたのだが。

「あ。けどひとつだけ、気になってることがあって」

 と付け加える。


「廊下には誰もいなかったんですけど、後から思い返すと細く長く、何か引きずったような跡が見えた気がして」

 翌朝外を見ても跡などなかった。

 けれどあの時のことを思い出すたびに、廊下に跡があったという確信が深まっていくそうだ。


 それで。

 もしかしたら玄関の外には、ふたりいたのかもしれない、と言う。


 引きずっている人と。

 引きずられてる人。


「理由も何もないんですけど、引きずられていったのが祖父だったとしたら──それってすごく愉快な光景だなぁ、って思うんですよね」


 

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新年の客 呑戸(ドント) @dontbetrue-kkym

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