第3話 創造の夜を呼べ
「……そういえば、あの爺さん、変なことを言ってたな」
昼下がりのギルドの隅で、カイはかつて出会った風変わりな老魔術師の言葉を思い出していた。
『坊主、夜にしか使えぬ術を昼に使う方法を知っておるか? 物理的な太陽など関係ない。己の魂を鼓舞し、内側を夜の創造で一杯にするのじゃ。世界を騙せ、自分が今、星空の下にいるのだとな』
当時は『ボケ老人の世迷い言』だと聞き流していたが、今ならわかる。
『ミッドナイト・ステラ・クライシス』は、俺の精神が「夜」に同調した時にのみ解放される。なら、昼間であっても俺の心が完璧な「夜」を描き出せれば……。
「おい、またあいつらだ……」
遠くからライオスたちの笑い声が聞こえる。
もう、あいつらの顔も見たくないし、馬鹿にされる声も聞きたくない。
(……昼のうちに、誰もいない国境沿いの森を抜けて移動しちまおう。夜になったら、そこでギルドの指名依頼をこなせばいい)
カイは昼間の重い身体を引きずりながら、街を後にした。
鬱蒼とした森の中を進む。木漏れ日が煩わしい。
早く太陽が沈んでくれればいい。そう願いながら歩いていた、その時だった。
森の空気が、一瞬で凍りついた。
鳥の鳴き声が消え、植物が枯れ果てるほどの圧倒的な『死の気配』。
開けた平原に出たカイの目に飛び込んできたのは、地平線を埋め尽くす漆黒の軍勢だった。
「……なんだよ、これ……」
その数、およそ二千。
魔王軍の正規兵、それも精鋭騎士団だ。
そしてその中心には、巨大な髑髏の椅子に座り、退屈そうに爪を研ぐ男がいた。
魔王軍四天王の一人、「断絶のフェルナンド」。
「おや、迷い込んだネズミが一匹。……殺せ」
フェルナンドが指を鳴らす。
瞬間、数百の魔兵が一斉にカイへと襲いかかった。
今はまだ、真昼。カイの身体は呪いのように重い。一歩動くのさえ必死だ。
「……が、はっ!」
一撃を喰らい、地面を転がる。
身体が動かない。視界がかすむ。
「無能」と呼ばれた昼間の自分が、死の恐怖に震えている。
(死ぬのか? こんなところで……?)
脳裏に老人の声が響く。
『世界を騙せ。己を創造で満たせ。お前にとって、最高の夜を思い描くのじゃ』
カイは目を閉じ、深く息を吐いた。
ライオスたちの嘲笑も、魔王軍の咆哮も、照りつける太陽も、すべて意識の外に放り出す。
描くのは、どこまでも深く、静かで、美しい蒼き星空。
双剣を抜く。その瞬間、カイの心臓が激しく鼓動を打った。
「……今、ここは夜だ。俺の、夜だ」
「星域展開(ステラ・フィールド)」
カイを中心に、どろりと濃密な「夜」が溢れ出した。
昼間の風景を無理やり塗りつぶし、半径百メートルを漆黒の闇と青い星屑が支配する異界へと変える。
「……な、なんだこの空間は!? 太陽が消えただと!?」
狼狽する魔王軍。
その中で、カイはゆっくりと立ち上がった。
双剣が、夜星の光を吸い込み、爆発的な青い燐光を放つ。
「二千体……。全員、置き去りにしてやる」
カイの瞳には、すでに敵の姿はない。
ただ、自分がこれから描く『光の軌跡』だけが見えていた。
「ミッドナイト・ステラ・クライシス」
カイの姿が、一筋の青い光となって消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます