第3話EP1-2 後編:灰色の夢、紫水晶の痛み
絡みつく蔦を鉈で断ち、湿った土の匂いと共に月光草を摘み取っていく。これで十数本。目標の半分といったところか。俺とカイルは、苔むした切り株に腰を下ろして一息ついた。
「ふぅ……見た目よりキツいな、これ」
カイルが額の汗を革の手甲で拭う。
「お前、よく平気な顔してられるな。俺はもう腕がパンパンだぜ」
「……慣れてるだけだ」
俺、ルシアンは短く応じた。嘘だ。腕も脚も、正直言って限界に近い。
(……ステータス的には、完全にスタミナ切れだな。ここで弱音を吐くのは性に合わない)
「そっか。やっぱ、森育ちは違うな」
カイルはそう言うと、腰のロングソードの柄を嬉しそうに撫でた。
「こいつで、いつかドラゴンを倒すのが夢なんだ。……馬鹿げてるって、笑うだろ?」
「……馬鹿げているな」
思ったままを口にすると、カイルは「だよな!」とニカッと笑った。その明るさが、少しだけ眩しい。
「でもな、夢はでかい方がいいだろ? 今日こうやって薬草採ってんのも、そのための第一歩だと思えば、なんか力が湧いてこないか?」
その底抜けのポジティブさに、俺は返す言葉を失った。独りが当たり前だった俺の胸の奥で、いつも感じていた虚しさが、ほんの少しだけ和らぐのを感じる。他人の笑い声が、こんなに心を落ち着かせるとは知らなかった。
奇妙な感覚だ。まるで、凍っていた何かが少しだけ融けたような。
「……行くぞ」
感傷を振り払うように、俺は唐突に立ち上がった。今は依頼をこなす。それだけだ。
「お、おう! ドラゴン退治の第一歩、まずは薬草採集からクリアしないとな!」
カイルも威勢よく立ち上がり、腰の剣をぱん、と軽く叩いた。その単純さが、今は少しだけ羨ましかった。
***
森の奥へ進んで、しばらく経った頃。木漏れ日が差し込む、少し開けた場所で俺の足が止まった。他の植物とは明らかに違う、青みを帯びた銀色の葉。それが、苔むした岩の陰に群生していた。
「……これか」
依頼書のスケッチと見比べる。特徴は完全に一致していた。
「おい、マジか! 月光草じゃねえか! やるな、ルシアン!」
駆け寄ってきたカイルが、興奮したように声を上げる。
「夜に光るから月光草、だっけか。昼間は見つけにくいってのに、お前、目敏いな」
「……たまたまだ」
俺は素っ気なく答え、その場に屈み込んで月光草を採り始めた。これで依頼は達成だ。
最後の数本を摘もうと、岩の根元に指を伸ばした、その時だった。
指先が、冷たく、滑らかな何かに触れた。
土に半ば埋もれた、黒い石。森に転がるただの石ころのはずなのに、何故か目が離せない。俺は土を払い、その石をそっと掘り出した。
表面は驚くほど滑らかで、自然にできたとは思えない微細な幾何学模様が刻まれている。
俺がそれを拾い上げた、瞬間。
――ピロン。
頭の中に、直接システムメッセージのようなものが響いた。
【……ユニークアーティファクト『■■の■』を検出……】
【適合者を確認……同期を開始します……】
「……っ!?」
胸の奥が、トン、と内側から突かれたような冷たい衝撃。心臓が一度だけ、大きく跳ねた。なんだ、これは。声にならない呻きが漏れ、俺は石を握ったまま、もう片方の手で胸を押さえる。
「どうした、ルシアン? 顔色が真っ青だぞ」
カイルが、異変を察して顔を上げた。その声が、やけに遠くに聞こえる。
「……いや、なんでもない」
絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。
「そうか? 無理はすんなよ」
俺はカイルに背を向けるようにして、その黒い石を衝動的にポケットへと滑り込ませた。何故かは分からない。ただ、これを手放してはいけないと、魂が叫んでいる気がした。
「よし、これで全部だな! クエストコンプリートだ!」
カイルが薬草で膨れた革袋を高々と掲げる。
「……ああ」
「やっぱ二人だと早いな! お前、意外と役に立つじゃんか」
軽口を叩きながら、カイルが俺の肩をバシンと叩く。
「……お前が騒がしいだけだ」
「なんだと!?」
憎まれ口を叩きながら、俺の意識はポケットの中の石に向いていた。あのメッセージは、一体何だったのか。そして、この胸の奥で疼く感覚は……。失われた何かを嘆く虚しさとは違う。これから何かが始まることを予感させる、静かな胎動だった。
***
森を抜けると、赤煉瓦の屋根が並ぶフォルティアの街並みが見えてきた。街の中心に聳える三角屋根の建物が、俺たちの目的地だ。
「見ろよルシアン、ギルドだ! 腹ペコだぜ、とっとと報告済ませて祝杯だ!」
カイルが軽い足取りでギルドの扉を押し開ける。
途端、音と熱と匂いの渦が俺たちを包んだ。怒号と笑い声、ジョッキがぶつかり合う音。むせ返るような酒と料理の匂い。夕食時でごった返す酒場は、活気に満ち溢れていた。
俺たちはまっすぐカウンターへ向かう。
「おかえりなさい、カイルさん。そして……ルシアンさん。ご無事で何よりです」
受付嬢のラインさんが、栗色の髪を揺らして静かに微笑んだ。
「おう! 依頼のブツだ!」
カイルが革袋をカウンターに置くと、ラインさんは手慣れた様子で中身を検分する。
「月光草……ええ、量、質ともに問題ありません。依頼達成、おめでとうございます」
彼女にギルドカードを渡すと、ガチャン、とスタンプが押される音がした。
【クエスト:『月光草の採集』を達成しました】
【報酬として、銅貨60枚を獲得しました】
頭の中に再びクリアな通知が響く。返されたカードには、ギルドの紋章がくっきりと刻まれていた。これが、冒険者としての最初の一歩。
「そして、こちらが報酬です。お二人で三十枚ずつになります」
ラインさんが置いた二つの革袋が、チャリン、と心地よい音を立てた。ずしりと重い。自分の力で稼いだ、初めての金だ。
「へへっ、やったな! これで新しいダガーが買えるぜ!」
カイルが嬉しそうに笑う。
「お疲れ様でした。次の依頼も期待しています」
ラインさんの言葉に背中を押され、俺たちは受付を離れた。
「で、どうする? 何か腹に入れないか? 銅貨三枚までならおごってやるぜ!」
カイルが数えたての銅貨をジャラジャラさせて言う。
「……いらない。部屋に戻る」
「ちぇっ、付き合いの悪いこった。……そういやお前、森で急に黙り込んだろ。顔、真っ青だったぜ。どうかしたのか?」
カイルがふと思い出したように聞いてくる。
俺の心臓が、ドクンと跳ねた。ポケットの中の石が、じわりと熱を帯びる。
「……少し、疲れただけだ」
「ふーん? まあ、初陣にしちゃ上出来だ。また組んでやってもいいぜ」
「……頼んでない」
「んだと、この可愛げのねえ奴!」
カイルはガハハと笑って、俺の頭を無造作にかき混ぜた。
「じゃあな! 俺はあっちで一杯やってくわ!」
そう言って、カイルは人混みの中へ消えていった。
一人、取り残される。
周りは賑やかだ。けど、誰も俺のこを見ていない。その孤独が、今は逆に心地よかった。
俺はポケットの中の石を握りしめる。
これは、俺だけの秘密だ。
俺は喧騒を背に、三階の寮へと続く階段を上っていった。
一番奥の自分の部屋。鍵を開けて滑り込むと、世界から切り離されたような静寂が俺を包んだ。
ここは、俺が生まれて初めて手に入れた、自分だけの城だ。
***
オイルランプに火を灯すと、琥珀色の光が部屋の闇を追い払う。俺はようやく息をつき、ポケットから例の黒い石を取り出した。
ランプの光の下で見ると、表面の紋様がよりはっきりと浮かび上がる。指でなぞると、森で感じたあの衝撃が蘇った。
ドクン、と胸の奥で一度だけ、共鳴のようなものが響く。幻聴じゃなかった。この石は、間違いなく俺に何かを語りかけている。
机の上に、報酬の銅貨三十枚をぶちまける。一枚、二枚……。自分の力だけで稼いだ、明日を生きるための権利。
胸の奥の喪失感は、まだ消えない。
だが今日、俺は二つのものを手に入れた。一つは、未来への糧。
そして、もう一つは――失われた俺自身を解き明かす、最初の鍵かもしれない、この謎の石。
俺は石を握りしめたまま、軋むベッドに倒れ込んだ。
(……疲れたな。ステータスもスキルも、何もかもが足りない)
意識が闇に溶ける寸前、また、あの夢を見た。
【ERROR: 破損した記憶領域へのアクセスを検知】
【強制リブートシーケンスに移行します……3…2…1…】
灰色の塔が林立する、無機質な世界。赤い警告灯の明滅。耳障りなノイズ。
(また、これか……)
この喪失感は、この忌まわしい夢と繋がっているのか。
答えを見つける前に、俺の意識は深い眠りの底へと沈んでいった。
***
静寂に包まれた学院の一室。高い窓から差し込む月光が、床に冷たい模様を描いていた。
その中央、銀の水盤の前に、ミリア・レーンフェルは一人佇んでいた。
「『Urruti, Ikusi, Lotu(ウルティ……イクシ……ロトゥ……)』」
古語の祝詞を紡ぐと、水面が震え、像を結ぶ。
そこに映し出されたのは、粗末なベッドで眠る少年の横顔――ルシアンの姿だった。
「……眠って……いる」
ミリアは無意識に自分の胸元を強く掴んだ。昼間とは比較にならないほど強く、鮮明な『接続(リンク)』が彼女を襲う。
【警告:未許可の魂(ソウル)リンクが形成されています】
【対象:------------】
【原因:アーティファクト『■■の■』による強制共鳴】
ドクン、ドクン、と。
自分の心臓とは違う、彼の脈動が伝わってくる。彼が握りしめている石の冷たささえ、自分の指先に感じるようだ。
「……これは……何……?」
苦痛に眉を顰めるミリア。だが、その痛みと共に、温かい何かが流れ込んでくるのを感じていた。彼が今日手に入れた達成感、仲間とのささやかな絆。そういった感情が、乾いた彼女の魂を潤していく。
この繋がりは、手放してはいけない。本能が、そう告げている。
「……おやすみなさい」
水面に揺れる影へ、彼女が落とした言葉は祈りのようだった。
まだ名も知らぬ少年。それなのに、魂が共鳴している。彼こそが、自分の失われた片割れなのだと。
二つの離れた魂を、蒼い月が等しく照らしていた。
***
あとがき
お読みいただきありがとうございます!
ルシアン、初めての依頼、お疲れ様でした!
そして謎の黒い石……一体何が始まってしまうんでしょうか!? ミリアちゃんも意味深な登場でしたね。
「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひ下の☆☆☆で評価や、ブックマークをしていただけると、作者の執筆速度がアップします!
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