第12話 ピンクの浴衣と、花火大会のチラシ
翌日の部室。
陽は、右足に包帯をぐるぐる巻きにして現れた。
「いやー、参った参った!階段で盛大に転んじまってさ。捻挫だって」
彼女は松葉杖をつきながら、あっけらかんと笑った。
嘘だ。
昨日の河川敷での転倒は、そんな生易しいものじゃなかった。
けれど、ましろと紬先輩は、陽の嘘を疑わなかった。あるいは、気づいていても突っ込まないのが、私たちの暗黙のルールなのかもしれない。
「バカじゃないの。大事な時期に怪我とか、戦力ダウンもいいとこ」
「あらあら、痛そうです。無理しちゃダメですよ?」
二人の反応に、陽は面目ない!と頭をかく。
そして、制服のポケットから一枚のチラシを取り出し、机の上にババンと広げた。
「怪我の功名ってわけじゃないけど、今週末の予定は決まったぞ!」
それは、今週末に開催される市民納涼花火大会のチラシだった。
極彩色の花火の写真。屋台のイラスト。
この街で一番大きな夏のイベントだ。
「これだよこれ!僕のやりたいことリストのメインイベント!みんなで行こうぜ!」
「人混み、嫌いなんだけど」
「ましろ、屋台の焼きそばとたこ焼き、奢ってやるから」
「行く。絶対行く」
ましろが即答する。現金なやつだ。
紬先輩も、嬉しそうに手を合わせた。
「素敵ですねぇ。浴衣、着ていきませんか?私、着付けできますよ」
「マジ!?さすが紬先輩!じゃあ今日は練習なしで、買い物といきますか!」
学校帰りのショッピングモール。
特設された浴衣売り場は、色とりどりの反物で溢れかえっていた。
陽は松葉杖をつきながらも、器用に店内を動き回る。
普段はジャージか制服しか着ない彼女が、真剣な顔で鏡の前に立っている。
「な、なあ碧。これどうかな?」
陽が手に取ったのは、淡いピンク地に桜の柄があしらわれた、可愛らしい浴衣だった。
ボーイッシュな彼女には意外なチョイスだ。
でも、鏡の前でそれを体に当てている彼女の表情は、どこにでもいる恋する乙女のように恥じらっていた。
「変かな?僕みたいなのが、こんな可愛いの着たら」
「変じゃないよ」
私は心から言った。
「すっごく似合う。陽は肌が綺麗だから、ピンクが映えるよ」
「本当か!?じゃあこれにする!これ着て、髪もアップにして、へへっ、楽しみだなー!」
陽は嬉しそうに浴衣を抱きしめた。
その笑顔を見ていると、彼女の足の怪我のことなんて、忘れてしまいそうになる。
ましろは黒を基調としたシックな柄を、紬先輩は紫色の大人っぽい柄を選んだ。
私は、涼しげな水色の浴衣を選んだ。
レジでお金を払いながら、陽が呟く。
「来年はさ、もっと派手なやつに挑戦してみようかな。黒地に金の蝶とか」
「そうだね。似合うかも」
私はレシートを握りしめ、曖昧に頷いた。
来年。
陽の口からその言葉が出るたびに、私の心臓は冷たく掴まれる。
私には、あと三十日しか時間がない。
そして陽の脚も、もう限界を迎えている。
それでも、私たちは未来の話をする。
そうしていないと、今の幸せが消えてしまいそうだから。
買い物を終えて、モールの外に出ると、空は茜色に燃えていた。
入道雲の輪郭が、金色に輝いている。
「あー、楽しみだなぁ!日曜、晴れるといいな!」
陽が空を見上げて伸びをする。
その横顔には、一点の曇りもなかった。
足の痛みも、未来への不安も、すべてを楽しみで塗りつぶして、彼女は笑っている。
「碧、絶対遅刻すんなよ?僕、場所取りして待ってるからさ」
「うん。楽しみにしてる」
私たちは駅で別れた。
陽の後ろ姿が、雑踏の中に消えていく。
手には、ピンク色の浴衣が入った紙袋。
松葉杖をつくリズムが、心なしか弾んでいるように見えた。
日曜日。花火大会。
それが、彼女のリストにある一番デカい花火を見るを叶える日。
そしてきっと、私たちが四人で過ごす、最高の夏の日になるはずだ。
――そう、信じていた。
この時の私はまだ、知らなかったのだ。
その花火大会が、私たちの運命を決定的に変えてしまうことになるなんて。
運命の日は、あと三日後に迫っていた。
(第2章 完)
(続く)
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