第6話 味がしないアイスクリームと、夕暮れの約束

駅前のコンビニエンスストア。

 その軒下で、私たちは並んでアイスを食べていた。


戦闘後の高揚感が引いていき、代わりに鉛のような疲労感が全身を襲う。

 制服のスカートを翻し、縁石に腰掛けた四人の少女。

 傍から見れば、部活帰りの仲良しグループにしか見えないだろう。ついさっきまで、命を削って怪物を殺していたなんて、誰も想像すらしない。


「んー! 生き返るー! やっぱ労働の後の糖分は最高だね!」


陽がソーダ味のアイスキャンディーをかじりながら、行儀悪く足をブラブラさせる。

 その隣で、ましろが一番安い棒アイスをちびちびと舐めていた。


「私の稼ぎ、ほとんど弾薬費とドローンの修理費で消えるんだけど。マジ割に合わない。ブラック企業じゃん」

「まあまあ。怪我がなかっただけ儲け物ですよ」


紬先輩は、少しお高いカップアイスを上品に掬っている。

 そして私は、チョコミントのアイスを手にしていた。

 昔から大好きだった味だ。爽やかなミントの香りと、パリパリとしたチョコの食感。


私はスプーンを口に運ぶ。

 冷たい塊が舌の上に乗る。


冷たさは感じる。

 チョコが砕ける感触もある。

 鼻に抜けるミントの香りも、かろうじて分かる。


けれど、それだけだ。

 甘いも美味しいも、そこにはない。

 まるで、冷たく冷やした粘土を食べているような感覚。


さっきのクッキーと同じだ。

 私の舌は、もう二度と甘いという幸福を感じることはないのだ。

 その事実が、喉の奥に重くのしかかる。


「碧? どうした、溶けちゃうぞ」


陽が不思議そうに覗き込んでくる。

 私は慌てて、無表情の仮面を貼り付けた。


「ううん、なんでもない。美味しいな、と思って」

「だろ? やっぱ夏はチョコミントだよなー。歯磨き粉の味とか言う奴は人生損してるぜ」


陽が笑う。

 私は無理やりアイスを飲み込み、頷いた。

 嘘をつくことには慣れている。痛みにも、喪失にも、慣れてしまったつもりだった。

 でも、大好きなものの味がしないというのは、思った以上に心を削る。


「ねえ、みんな」


陽がアイスの棒をゴミ箱に投げ入れながら言った。


「さっきの話、本気だからな。バンド」

「またその話? しつこいなぁ」


ましろが呆れ顔をするが、陽は引かない。


「練習場所は、駅の反対側にある貸しスタジオ。日曜の昼から予約入れとくから。碧がベース、ましろがキーボード、紬先輩がギター。僕はドラム。曲はとりあえず簡単なやつから始めよう」


陽の瞳は真剣だった。

 ただの思いつきじゃない。彼女は本気で、私たちと「何か」を残そうとしている。


「はぁ。分かったよ。行けばいいんでしょ、行けば」

「私も、頑張りますね。指の皮が剥けるまで」

「剥けちゃダメだってば」


三人が笑い合う。

 夕暮れのオレンジ色の光が、私たちの影を長く伸ばしていた。

 あと何回、こうして四人でアイスを食べられるだろう。

 あと何回、バカみたいな話で笑えるだろう。


「じゃあ、解散! また明日な!」


陽が手を振り、それぞれの帰路についても私たちは別れた。

 一人になった帰り道。

 私は公園のベンチに腰を下ろし、スマホを取り出した。


政府支給の魔法少女管理アプリ『グリッター』を起動する。

 画面には、私の生体データや戦闘記録が表示される。

 そして、画面の隅にある「ポテンシャル残存値(ライフ・ログ)」というタブ。


私たちの未来が、あとどれくらい残っているかを示す数値。

 見るのが怖くて、ずっと避けていたページ。

 けれど、今日の味覚消失で覚悟が決まった。


私は震える指で、タブをタップした。


『認証完了。個体名:湊 碧』

 『現在のポテンシャル消費率:92%』


赤い文字が、網膜に焼き付く。

 92%。

 もう、ほとんど残っていない。

 そして、その下に表示された予測演算結果が、私に死刑宣告を突きつけた。


 『推定活動限界:残り30日』


息が止まった。

 30日。一ヶ月。

 それは、ちょうど夏休みが終わる頃だ。

 私が大人になることも、高校生になることもない。

 この夏が終わると同時に、私はこの世界から消えてなくなる。


「……はは」


乾いた笑いが漏れた。

 知っていた。薄々は気づいていた。

 でも、こうして数字で突きつけられると、涙も出ない。


陽は言っていた。

 「来年の夏祭りに行こう」と。

 「文化祭に出よう」と。


行けないよ、陽。

 私はその時、もういないんだ。


スマホの画面が涙で滲む。

 私は画面を閉じ、夜空を見上げた。

 一番星が光っている。

 綺麗で、冷たくて、残酷な光。


私は嘘つきだ。

 陽にも、みんなにも、また明日なんて言って笑った。

 私の明日は、もう指折り数えるほどしかないのに。


それでも。

 だからこそ。

 残りの30日、私は最期まで嘘をつき通す。

 最高の夏だったと、笑って消えるために。



余命一ヶ月の魔法少女は、夏の夜空に誓う。

 この命が尽きるその瞬間まで、完璧な「嘘」をつき続けると。


(第1章 完)


(続く)

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