第5話 痛みは私の居場所だから

私の大剣が『ノイズ』の黒い胴体を捉える直前、敵の身体が風船のように膨れ上がった。


『キエロ……キエロォォッ!!』


爆発的な拒絶。

 全身の棘が一斉に射出される。

 回避は間に合わない。私は奥歯を噛み締め、衝撃に備えた。


ガギィィィンッ!!


鈍い金属音が響き、私の身体は後方へと弾き飛ばされた。

 けれど、痛みはない。

 目を開けると、私の目の前には、ボロボロになった花弁のシールドと、それを支える紬先輩の背中があった。


「……ぐ、ぅ……ッ!」


紬先輩の膝が震えている。

 シールドの表面には無数の亀裂が走り、そこから光の粒子が血のように溢れ出していた。

 魔法少女のシールドは、術者の精神力(メンタル)と直結している。盾が傷つくということは、彼女の心そのものが削られているのと同じだ。


「紬先輩! もういい、下がって!」


私が叫ぶが、彼女は退かない。

 それどころか、さらに深く足を踏ん張り、敵の猛攻を一身に受け止めている。


「平気よ、碧ちゃん。これくらい、なんてことない」


彼女が振り返る。

 その表情を見て、私は背筋が凍るような感覚を覚えた。


彼女は、泣きそうなほど嬉しそうに笑っていた。


痛い。苦しい。

 けれど、それ以上に「私は今、みんなを守っている」「必要とされている」という悦びが、彼女の瞳を濡らしている。

 家庭でも学校でも、自分の居場所を見つけられなかった彼女が、唯一「ここにいていい」と許される瞬間。それが、傷だらけになって盾を構えている時なのだ。


「私が守るからだから、碧ちゃんは自由に戦って……」


それは献身という名の、自分自身への呪い。

 見ていられなかった。

 彼女が壊れてしまう前に、終わらせるしかない。


「陽! 道を開けろ!」

「言われなくてもッ!!」


頭上から、快活な声が降ってくる。

 陽だ。

 彼女は駅ビルの壁面を垂直に駆け上がり、重力すら無視して敵の真上へと飛び出していた。


「そらそらそらぁッ!トロいんだよデカブツ!」


真紅の双剣が閃く。

 一閃、二閃、百閃。

 目にも止まらぬ斬撃の嵐が、『ノイズ』の腕を、棘を、再生する端から切り刻んでいく。

 赤い光の軌跡が、黒い怪物を檻のように包囲する。


「今だ相棒! 中身(コア)丸見えだぞ!」


陽が敵の防御をこじ開け、核を露出させる。

 ほんの一瞬の勝機。


私は紬先輩の背中を飛び越え、地を蹴った。

 大剣を構える腕に、全神経を集中させる。


――燃やせ。

 私の時間を。私の未来を。


脳裏に、ありもしない「未来の記憶」が走馬灯のように過ぎる。

 『大学生になった私が、誰かと手を繋いで映画館に行く記憶』。

 そんな些細で、ありふれた幸せの可能性。

 それがパラパラと焼け焦げ、灰になって消えていく。


胸が張り裂けそうな喪失感。

 けれど、その空白を埋めるように、莫大なエネルギーが大剣に宿る。


「消えろォォォッ!!」


私の絶叫と共に、光を纏った刃が『ノイズ』の核を貫いた。


ズドォォォォォン!!


光の柱が立ち昇る。

 『ノイズ』は断末魔すら上げることなく、瞬時に霧散した。

 空間の歪みが修正され、駅前の風景が元通りに戻っていく。


残ったのは、焦げ付いたアスファルトの匂いと、静寂だけ。


「ふぅ。お疲れっしたー!」


ましろの間の抜けた声が響く。

 彼女はスマホに向かって「今日の配信はここまで! チャンネル登録よろしくね!」と愛想を振りまくと、配信を切った途端に「はぁ、ダル」と毒づいて地面に座り込んだ。


陽が着地し、双剣を消して私に親指を立てる。

 紬先輩は変身を解き、よろめきながらも私に駆け寄ってきた。


「怪我はない、碧ちゃん? 痛いところは?」

「私は大丈夫です。それより先輩こそ」

「私はいいの。みんなが無事なら、それで」


彼女は満足げに微笑む。その腕には、変身解除後も消えない赤い痣(あざ)が残っていた。


ピロン♪


四人のスマホが同時に鳴る。

 『討伐完了。報酬を送金しました』

 『お疲れ様でした。速やかな撤収を』


事務的な通知。

 私たちは安堵のため息をつく。

 今日も生き延びた。誰も欠けることなく、明日を迎えられる。


本当に?

 私は自分の指先を見つめた。

 震えている。

 さっき燃やした「未来」の分だけ、私の身体は確実に空っぽになっているはずだ。


「さーて! 帰ろうぜ!」


陽が私の背中をバンと叩いた。


「腹減ったー! なんか食って帰ろう。駅前のコンビニでアイス奢ってよ、碧」

「なんで私が」

「いいじゃん、報酬入ったんだろ? リーダーの太っ腹なとこ見せてくれよー」


陽が無邪気に笑う。

 その笑顔を見ていると、さっき感じた恐怖や喪失感が、少しだけ薄れていく気がした。


「分かったよ。行こうか」


私は大剣を収め、歩き出す。

 夕焼けが街を赤く染めている。

 長く伸びた四人の影が、まるで墓標のようにアスファルトに焼き付いていた。


(続く)


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