第3話 アラートは突然に。日常はガラス細工のように

旧校舎の階段を駆け下りる足音が、夕暮れの校舎に反響する。

 タタタタ、という軽快なリズムを刻むのは陽。

 ペタペタと遅れてついてくるのがましろ。

 私と紬先輩は最後尾で、呼吸を整えながら走る。


廊下ですれ違う一般生徒たちが、ギョッとした顔で私たちを見て道を空ける。

 無理もない。

 血相を変えて走る四人組。

 私たちの胸元には、魔法少女の証である「階級章(バッジ)」が光っている。彼らにとって私たちは、守ってくれるヒーローであると同時に、近づいてはいけない「死神」のような存在なのだ。


「作戦本部(コントロール)より、第十三班へ」


インカムから、ノイズ混じりの男性の声が響く。

 事務的で、抑揚のない声。

 私たちの担当官だ。名前は知らない。教えてもらったこともないし、興味もない。向こうにとっても、私たちは「消耗品A、B、C」くらいの認識だろう。


「現場は駅前のショッピングモール裏、D-4区画。『ノイズ』の規模は中型(ミドル)クラスと推測される」


「ゲッ、駅前?」


前を走るましろが、露骨に嫌そうな声を上げた。


「人多いじゃん。誤爆したら炎上案件だよ。マジ勘弁して」

「市民の避難誘導は現地警察が行っている。君たちは速やかに敵性体を排除せよ。なお、商業施設への被害は最小限に留めること」


担当官はましろの不満を無視して、淡々と条件を突きつけてくる。

 自分たちはエアコンの効いた安全な部屋でモニターを見ているだけ。

 現場で血を流すのが誰かなんて、これっぽっちも考えていない。


「了解。現地到着まで、あと三十秒」


私が短く答えると、通信はブツリと切れた。


校舎を出て、路地裏を抜ける。

 駅前の喧騒が近づいてくる。

 パトカーのサイレン。人々の悲鳴。そして、空間が軋むような不快な破裂音。


「来るよ!」


陽が叫ぶと同時に、私たちは足を止めた。

 ショッピングモールの搬入口付近。

 そこにあるはずの景色が、ごっそりと消失していた。


アスファルトがめくれ上がり、空間そのものが黒い砂嵐(スノーノイズ)に侵食されている。

 その中心に、それはいた。


『アア……アアア……』


高さ三メートルほどの、歪な人型。

 顔はない。全身が黒い文字の羅列。

SNSの書き込みや、誰かの悪口のような文字列で構成されている。

 中型種だ。

 先日戦った小型種とは、発している「悪意」の濃度が違う。


「うわ、ブッサイク。あんなのが人間の心の集合体とか、笑えないんですけど」


ましろが吐き捨てるように言い、パーカーのフードを深く被り直した。

 その手には、変身用のトリガーが握られている。


「変身(セット)!」


四人の声が重なった。

 それぞれの「未来」が燃える匂いがした。


光の奔流が身体を包む。

 制服という「日常」が分解され、戦闘用の「非日常」へと再構成される。


ましろの小柄な身体の周囲に、無数のホログラムウィンドウが展開される。

 彼女の華奢な腕には不釣り合いな、鋼鉄の塊が出現した。

 六本の銃身を束ねた、巨大なガトリング砲。

 彼女の身長よりも巨大なその銃を、ましろは細い腕一本で軽々と構える。

 代償として支払われたのは、彼女の「思考能力」の一部だ。戦闘中、彼女の脳は恐怖を感じない戦闘マシンへと最適化される。


「痛いのは嫌ですから早く終わらせましょうね」


紬先輩の身体を、半透明の光の膜が包み込む。

 彼女の前に出現したのは、幾重にも重なった花弁のような形状をした、巨大なシールド。

 その代償は「恐怖心の欠落」。

 彼女はもう、目の前の怪物を怖いとは思わない。ただ「みんなを守らなきゃ」という強迫観念だけが、彼女を突き動かす。


「行くぞオラァッ!!」


陽が真紅の双剣を抜き放ち、弾丸のように飛び出した。

 足元のコンクリートが砕け散る。

 彼女の速さは、人間の動体視力を遥かに超えている。

 その代償は、彼女が誇る「運動機能」への過負荷。戦えば戦うほど、変身を解いた時の身体は鉛のように重くなっていく。


そして、私。

 私は背中の大剣を引き抜いた。

 ズズッ、と剣先が地面を削る。

 視界の右側が見えない。味覚もない。

 それでも、この剣を振るうことだけは身体が覚えていた。


『ニゲ……ニゲロ……』

『ジャマダ……死ネ……』


『ノイズ』が呻き声を上げ、黒い泥のような触手を伸ばしてきた。

 触れたものを物理的に破壊するだけでなく、精神的に汚染する攻撃。

 ガードレールが触手に触れた瞬間、飴細工のように捻じ曲がり、黒く変色して崩れ落ちた。


「散開!」


私の指示を待つまでもなく、全員が四方へ散った。


「撮影、開始」


ましろが、ガトリング砲の側面に固定されたスマートフォンの画面をタップする。

 彼女の周囲に浮遊する小型ドローンが、戦場の様子を全世界へ配信し始めた。

 ガラス細工のような日常は砕け散った。

 ここからは、ただ命を削り合うだけの、残酷な現実(リアル)だ。


(続く)


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