第1章 私たちの「未来」は、大人の燃料じゃない

第1話 放課後の隠れ家と、夏への約束

学校のチャイムというのは、どうしてこうも無機質で、それでいて奇妙な安堵感を連れてくるのだろう。


 キーンコーン カーンコーン


 その音がスピーカーから響くと同時に、教室に充満していた「規律」という名の空気が霧散する。教師が教科書を閉じ、生徒たちが一斉にざわめき始める。


放課後だ。

 普通の学生にとっては、部活に恋に遊びにと、青春を謳歌するための時間。

 けれど私たちにとっては、別の意味を持つ。

 それは「死刑執行までの猶予時間(モラトリアム)」だ。


「でさ! 思ったわけよ僕は!」


旧校舎の三階。

 埃っぽい匂いと、古い紙の香りが混ざり合った放送室。

 そこが私たち、『第十三防衛管区・特殊魔法少女班』の部室(アジト)だった。


西日が差し込む部屋の中、掃除用のモップをギターのように抱えて、夏目 陽が机の上に仁王立ちしている。

 スカートの下にスパッツを履いているとはいえ、女子中学生としてその立ち振る舞いはどうなんだ、と私は思う。


「聞いてるか相棒! これは人類史に残る名案なんだぞ!」

「はいはい、聞いてるよ。それで?」


私はパイプ椅子に浅く腰掛け、読みかけの文庫本に栞を挟んだ。

 視界の右端が、黒い靄がかかったように欠けているせいで、最近は活字を追うのにも苦労する。

 これも先日の戦闘の代償だ。私の「視力」の一部は、どこかの誰かの平和を守るために焼却された。


陽はそんな私の事情を知ってか知らずか、ニカっと歯を見せて笑う。


「バンド組もうぜ、バンド!」

「は?」

「だーかーら! 僕たち四人でバンドをやるんだよ! 文化祭に出るの!」


陽はジャジャーン、とモップをかき鳴らす真似をした。

 窓の外では、運動部の掛け声と、けたたましいセミの鳴き声が響いている。

 平和だ。

 あまりにも平和すぎて、吐き気がするほどに。


「陽、あのね。私たちにそんな暇があると思う?」

「暇ならあるだろ。次の『ノイズ』が出るまでの待機時間は、実質ニートみたいなもんだし」

「そうじゃなくて。寿命の問題だよ」


私は淡々と言葉を紡ぐ。

 誰かが言わなきゃいけないことだ。夢を見すぎる前に、現実という冷や水をぶっかけるのがリーダーである私の役目だから。


「文化祭は三ヶ月後。それまで私たちが全員、五体満足で生きてる保証なんてどこにもない。下手したら、明日の任務で誰かが『消失』するかもしれないんだよ?」


魔法少女の最期に、遺体は残らない。

 未来の可能性を使い果たした瞬間に、存在そのものが粒子となって世界から弾き出される。

 昨日まで隣で笑っていた友達が、最初からいなかったことになる恐怖。

 それを私たちは嫌というほど教え込まれてきたはずだ。


 けれど、陽は机から飛び降りると、私の目の前に顔を近づけた。

 汗と、シトラスの制汗スプレーの匂い。

 真っ直ぐで、強すぎる瞳。


「だからこそ、だろ」

「え?」

「いつ死ぬかわかんねーから、生きてるうちにデカい音鳴らすんだよ。僕たちがここにいたって証拠を、あいつらの鼓膜に刻み込んでやるんだ」


陽の声は、いつになく真剣だった。

 彼女はいつもそうだ。

 バカみたいに明るくて、後先なんて考えていないように見えて、時々こうやって核心を突いてくる。


「それにさ、碧。お前、最近笑ってない」

「笑ってるよ。昨日だって、コンビニで」

「目が笑ってない。嘘ついてる時の顔だ、それ」


図星だった。

 私は視線を逸らす。


「僕はさ、碧の『本当』が見たいんだよ。大剣振り回して怖い顔してるお前じゃなくて、昔みたいに腹抱えて笑ってるお前をさ」


陽は私の手から文庫本を取り上げ、代わりにモップの柄を握らせた。


お前はベースな。性格的に地味で堅実なとこが似合ってる」

「ひどい言い草」

「僕はドラム! 一番うるさくて派手だからな!」

「陽らしいね」


私は溜息をついて、手の中のモップを見つめた。

 バンド、か。

 ガラじゃない。

 でも、もし本当にそんなことができたら。

 戦うためだけじゃない、誰かを傷つけるためじゃない音を、この手で奏でることができたら。


想像してみる。

 ステージのライト。観客の熱気。

 横を見れば、陽が汗だくになってドラムを叩いている。

 きっと最高の笑顔で。

 「来年」がないとしても、その瞬間だけは、永遠みたいに輝いて。


「ましろと紬さんは? やるって言うかな」

「ましろは『金になんの?』とか言いそうだけど、絶対乗ってくるよ。あいつ目立ちたがり屋だし。紬先輩は『楽しそうですね〜』って即決だろ」

「確かに」


想像できてしまって、私はふっと口元を緩めた。


「ほら笑った!」

「笑ってない」

「笑ったね! よーし、決定! バンド名は『チルドレン・オブ・リベリオン』とかどうだ? かっこよくね?」

「中二病くさいから却下」

「えー」


陽が唇を尖らせる。

 その幼い仕草に、胸の奥がチクリと痛んだ。


私たちはまだ、十四歳だ。

 本来なら、こんな風に放課後の教室で、くだらない話をして、バンドの練習をして、恋バナをして、そうやって大人になっていくはずだった。

 その権利を、私たちは切り売りして生きている。


政府から支給されたこの力は、私たちを守るためのものじゃない。

 社会のシステム(大人たち)を守るために、私たちを効率よく燃焼させるための炉だ。


「やろうか、バンド」


私は小さく呟いた。


「マジで!?」

「うん。ただし、練習は任務のない日だけ。テスト勉強も疎(おろそ)かにしないこと。あと、私の担当楽器は私が決める」

「やったー! さすが相棒、話が分かる!」


陽が私の首に抱きついてくる。

 温かい。

 生きている体温だ。

 この体温があとどれくらい続くのか、私には分からない。

 陽の両脚に宿る双剣の魔力が、彼女の「歩むはずだった道」をどれだけ削り取っているのかも。


でも、今は。

 この温もりを信じたかった。


「楽器、買いに行かないとな。今度の日曜日、駅前の楽器屋に行こうぜ」

「うん。あ、でもその前にましろたちに相談しないと」

「大丈夫だって! 僕の人徳とカリスマ性があればイチコロよ!」


根拠のない自信満々な笑顔。

 窓から差し込む夕日が、彼女のショートヘアを茜色に染めている。

 それはまるで、燃え尽きる寸前の蝋燭の炎のように、儚くて、綺麗だった。


その時。

 カチャリ、と部室のドアノブが回る音がした。


「廊下まで声が聞こえてるんだけど。何盛り上がってんの、アンタら」


不機嫌そうな声と共に、ドアが開く。

 そこには、サイズの合わない黒いパーカーを頭からすっぽりと被り、スマホをいじりながら入ってくる小柄な少女の姿があった。


(続く)

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